人気ブログランキング |

 

e0173350_16594435.jpg
頭ヶ島の白浜集落にあるこの教会堂は1919年に建てられました。
新上五島町出身の鉄川与助の設計による、石造教会堂です。
彼は数々の教会を手がけましたが、石造りはこの教会のみです。

ファサードの中央にある円形窓、八角形の銅版張のドーム屋根、
そして石積みによる外観が特徴とされています。山の中にある古風な教会の印象です。

e0173350_16531453.jpg


e0173350_16532636.jpg

 ごつごつしたままの切石を積んで壁面を仕上げる方法は「ルスティカ様式」と呼ばれています。資金は限られていましたから、
石は海を渡った目の前のロクロ島の砂岩を切り出して使いました。ですから、石の表面はかなりザラザラとした質感でした。
当時島にいた石工とともに、人の手によって採石した砂岩をノミで削り、積み上げていく作業は気の遠くなるようです。
この教会堂は信徒たちの安らぐ場を作るという思いと実践により、十年という歳月をかけて完成しました。

e0173350_16542818.jpg

白浜海岸 眼の前にはロクロ島が見える



 パンフレットを読み、頭ヶ島集落のことを、日本史をもとに当時を振り返ります。

1549年 日本にキリスト教が伝来。
1614年 徳川幕府によって禁教令が発布。
1797年 大村藩と五島藩の間で百姓移住の公式協定が成立。
その後、迫害から逃れてきた潜伏キリシタンたちが五島列島にやってきます。

1854年 日本が開国。

1859年 人の監視を逃れるようにして移住してきた潜伏キリシタンたちが頭ヶ島に住み始めました。
ここは、縄文時代に人が白浜の海岸を使用していたことがその後の発掘調査から分かっていますが、その後は江戸時代まで無人島だったそうです。
自分たちの信仰心をこの地で守るために、彼らは未開の土地を開拓し、集落を形成していきます。

1865年 信徒発見。
1873年 禁教令の撤廃。
1887年 仮の聖堂として、最初の木造教会堂を建設。
1919年 現在の石造教会堂が完成。海岸近くにはカトリック墓地も作られる。


e0173350_16541700.jpg




 現在、五島列島には、信仰を貫いた信徒たちによる建設の教会が50以上、そのうち新上五島町には29の教会があり、
今もなお、信仰が守られています。

e0173350_16525426.jpg


e0173350_16530489.jpg

       有川港からは、バスで約35分。(頭ヶ島教会行き)バス停の目の前に教会が見えます。
          地図上⑮が、頭ヶ島天主堂になります。


 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、
かつて日本でキリスト教が禁じられていた中で、長崎と天草地方において、日本の伝統的宗教や一般社会と共生しながら信仰を続けた
潜伏キリシタンの証となる遺産群12か所が挙げられており、頭ヶ島集落とこの天主堂も、その一つに選ばれています。
平成30年7月の世界文化遺産登録を目指しています。

e0173350_16595798.jpg

e0173350_16534218.jpg



 現在でもミサや冠婚葬祭、祈りの場として使用されているため、堂内は撮影禁止。お見せできないのが残念ですが、外観とは対照的にパステルカラー調の、特に椿の花をモチーフにした花の装飾が施されていました。窓のステンドグラスは、赤黄青緑桃など明るい色調です。「花の御堂」と呼ばれるにふさわしい内装です。
聖母マリア像は白と空色の衣をまとい、お顔はとても美しく微笑をたたえていました。
静かな祈りが辺りを満たしていました。

e0173350_16540569.jpg
e0173350_16535486.jpg

 見学には、事前連絡が必要です。
詳しくは、こちらをご覧ください。

教会群 インフォメーションセンター
https://kyoukaigun.jp/reserve/list.php


# by nagomi-no-kaze | 2018-03-22 17:13 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

 九州の最南端、長崎県五島列島は、長崎港から西におよそ100キロに位置しているそうです。島の数はどのくらいあるのだろうと思って調べたら、
北東側から南西側にわたり、大小合わせて140あまりの島々からなるそうです。

e0173350_19361495.jpg

 遠方から飛行機でのアクセスも可能ですが、長崎県内の交通は船が便利なようで、ここ佐世保港からも、高速船やフェリーで行ける島があります。
これはチャンス!とばかり、港のターミナルにある二つの船会社の窓口で色々尋ね、検討すること約1時間。私の場合、日帰りで佐世保に戻ること(夕方に佐世保を出発し小倉へ戻るため)車の免許がなく移動に不便なことのどちらも非常に厳しい条件でしたが、探せば何とかあるものです。

 今回は佐世保から新上五島町の有川港へ向かえば、島に現存する天主堂の一つは訪ねることができそうでした。
一日の船の便数が少ないため、島内での滞在時間は約3時間半。
その天主堂が港から遠いのですが島内移動のバスに何とか乗れそうです。それにしても20分程の見学時間。迷っている暇はなく、行けるなら決めてしまおうと、
こうして、ようやく行き先が決まりました。

 往路は高速船で約100分。復路はフェリーで約2時間半。早朝でも時間が惜しいので、その組み合わせを選びました。
幸い、同じ船会社で済みましたが、船の種類が違うのでチケットは一括よりもそれぞれの港で買う方が安いと教えてくれました。

チケットは事前に電話やインターネットで予約ができますが、
その受付・お支払いは、当日船が出港する30分前からです。
島内の人は運賃割引適用があるため、島内か島外か、必ず尋ねられます。

e0173350_19371418.jpg
これに乗ります!


 高速船は速いのはよいですが、思った以上に揺れました。雑魚寝で寝てしまおうと思ったのは正解。それでも、昔、関東の神津島で、朝漁のジェットボートに乗せてもらった時の波乗りの揺れを思い出しました。
最初の1時間は何とか体を慣らすつもりで、決して抗わない。そして「起きたら島だった!」となるのが一番です。


 そして、到着した有川港ターミナルは綺麗でした。

e0173350_19383255.jpg
e0173350_19390351.jpg
e0173350_19394244.jpg
e0173350_19392971.jpg

 1階に観光案内所で情報をいただいて周辺の散策もできました。
 ここは鯨と椿の島だったのです。

そういえば、館内には椿の苗木がそこここに置かれていました。
天井を見上げると、鯨の骨がかかっており・・・でっかい!



 バスの時間までに1時間はあったので、歩いていけた観光スポットはこちら。

<海童神社>
鯨の顎の骨を使った鳥居が有名です。これは初めてですね!
海上の安全を祈願する神さまが祀られています。参拝させていただきました。

e0173350_19405747.jpg

e0173350_19411413.jpg


<鯨見山>

e0173350_19412934.jpg

江戸時代初期から捕鯨が盛んな頃は、「山見小屋」から有川湾内に鯨が来た事を知らせたり、
出漁の合図を送ることになっていました。
e0173350_19421763.jpg
e0173350_19415992.jpg

有川湾では、明治時代まで捕鯨が行われていました。
中でも最高に捕れた年は、元禄11年(1698年)、83.5頭だそうです。
「鯨が一頭捕れると七浦が潤う」と、当時の繁栄ぶりが分かる記述が『江口家文書』に残されているそうです。


と、同時にここは今では、資生堂さんの椿園。
ブランド「TSUBAKI」のオイルに使用されているようですよ。
さすがに花の咲く時期は過ぎてしまいましたが、辺り一面、椿が植樹されていました。

e0173350_19414334.jpg


 さて、これから天主堂へ向かうため、バス停に行く前に、名物「五島うどん」屋さんを見つけました。
まだ準備中で、お昼に戻ってきて食べるつもりでした。たまたま、朝の物産展を開催していて、揚げたての「手作り鯨コロッケ」を買います。一個100円。
すると、お店の女性が、ひとつ穴が開いてしまって商品にならないから、よかったらこれも食べてねと
もう一つ入れてくれました。じゃがいもがホックホク。鯨は思ったより癖がなく美味しかったですよ。
(➡実はこのあと、お昼を食べ損ねる結果となり、この時の2個のコロッケが大変ありがたかったことは言うまでもありません。)
e0173350_19423413.jpg

             気に入りました!ごちそうさま!


# by nagomi-no-kaze | 2018-03-20 19:49 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

佐世保へ行ってみよう!

 二月の長崎訪問に続き、今回は佐世保へやって来ました。
同じ九州、西へ移動してみると、さすが、北九州よりも陽射しが温かでしたよ。

e0173350_22083116.jpg

 元々は、夫の所用で決まっていた佐世保行きに私も便乗し初訪問でしたが、
3月17~18日の両日、ありがたいことに春の青空に恵まれまして、
海・山の、これまたいい景色、人の優しさに触れ、九州の良さをここでも実感です。
e0173350_22080946.jpg



 さて、佐世保駅は、JRの他に、第三セクター方式の松浦鉄道(MRの愛称で親しまれている)が走っています。伊万里、有田を通るなど佐賀へ向かっていくそうです。ホームで写真だけ撮りましたが、車掌さんが、「乗りますか?もう出発しますよ」と声をかけてくれます。(➡申し訳ないですね、乗りませんでした。)

e0173350_22091653.jpg

 駅近くを走る路線バス(西肥バス)がたまたま回送だったのですが、
行き先を示す電子案内版には、普通ならば「回送車」くらいのところ、
そのバスにはこのように表記されていました。
「すみません!回送中です」
謝っている表記は、初めて見ましたね。驚きました。(笑)


 そして、佐世保駅は、日本の最西端の駅であります。
e0173350_22084290.jpg

駅の前にはすぐ港が広がっています。港ターミナルは広く、ショッピングモール、ウェディングホールなども隣接。付近には、市場や商店街が広がっています。
佐世保バーガー店は、駅、港、商店街にいくつか見つけました。
やはり、ここへ来たら食べないと! 焼きたてのハンバーグパテは、香りも味もグッときます。大きくて食べ甲斐がありますね。
e0173350_22090371.jpg

e0173350_22095393.jpg
   (2つは食べていませんよ。 
  スペシャルバーガー(右)と、夫が注文したスペシャルチキンバーガー(左) 
    中身まではよく見えませんね。)


ご当地グルメ洋食メニューには、レモンステーキ、ビーフシチューの文字をよく
見かけました。ここでは長崎牛なんですね。
それに、鮮魚の新鮮さはバツ群でしたよ。


 その他には、
今から100年以上も昔、明治40年の夏、5人の詩歌人が九州各地を旅し、新聞に
連載された『五足の靴』。 (今は、新潮文庫出版の本で読むことができます。)
以前、熊本篇で紹介したことがありましたが、
https://wafuu.exblog.jp/25753959/
ここ佐世保も「五足の靴」の訪問先の一つでした。
そのメンバーの一人、与謝野鉄幹が佐世保の街を詩に詠んで残しています。

e0173350_22134100.jpg



 こちらは、カトリック三浦町教会。駅のすぐそばにあります。
丘に建つ姿は青空にくっきりと映えて美しく、しばらく見とれてしまいました。

e0173350_22081841.jpg
 続きは、佐世保港から新上五島町へ。




# by nagomi-no-kaze | 2018-03-19 22:19 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

 三月も半ばを過ぎて、桜の開花のたよりを聞ける頃となりました。
皆さまのお近くでも華やいだ景色へと変わってきていませんか?

 さて、今年の「和みの風の朗読会」は四月七日に北九州市にて開催。 そのご案内です。

e0173350_12452962.jpg


 私は2000年から朗読の公演活動を始めて今に至ります。
その主な内容は、活動名「言葉と音楽を仲良しにする研究室 和みの風」のとおり、
言葉と音楽で構成し公演することをライフワークとしています。
今年もそのスタイルは変わりませんが、初の試みにも挑戦します。

朗読の活動に勤しんでいらっしゃる方々とも共演してみようと思いました。
音のない 二人の読み手による朗読会。今回はその第一弾!
北九州市内で朗読を教えていらっしゃる、古賀恭子さんをゲストにお迎えします。


 この会では、二つのテーマを置いています。
①「秘密」

『秘密。私と私のあいだの十二話』(メディアファクトリー)という本には、
複数の作家による作品が納められていますが、
まるで、A面とB面のように表裏一体の設定で描かれる、
つまり、登場人物が互いに主人公となり、物語が進んでいきます。
その心の内は、どうなっているのでしょうか?

②「春の言葉の贈りもの」
普段、何気なく使っている言葉には、日本語の音の響きの美しさがあり、様々な由来があります。
そして、感性豊かなお話で言葉について綴られている、山下景子さんの著書『美人の日本語』より
春の言葉をいくつかご紹介します。


 全国的に朗読を好まれる方が増えてきていることはとても嬉しく思っています。
また、聞き手がいてこそ成り立つ場も朗読会です。この時間をご一緒に共有することで、
聞き手の皆さまに、作品そのもの、作家についても興味を持ってもらえたら、更に嬉しく思います。
どうぞ、聴きにいらしてください。お待ちしています。

<和みの風の朗読会~二人の読み手によるお届け話~>
日時)2018年4月7日(土)14時 開演
会場)図書室カフェITOH 093-616-2185
https://www.facebook.com/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E5%AE%A4%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7itoh-382127971973789/
会費)1500円
※別途、カフェで1ドリンクをご注文ください。


<会のお問合せ・ご予約>
和みの風 aac16550@pop17.odn.ne.jp




# by nagomi-no-kaze | 2018-03-16 12:57 | 和みの風だより | Trackback | Comments(0)

 日本でも中華街のある地域ではそれぞれに、中国の旧正月(春節)をお祝いするイヴェントの最中では
ないでしょうか。 新しい年を迎えられて、おめでとうございます!!
 今年は2月16日(金)から始まった、長崎のランタンフェスティバルを、夫と初めて訪れました。
私たちが長崎駅に到着した時には既に、駅前や街中の中国ランタンやオブジェが点灯していて綺麗でした。
(初日は雨降りの天候で、点灯式は、取り止めたと、あとから聞きました。)
e0173350_15500412.jpg
e0173350_15504339.jpg
e0173350_15502170.jpg


 中国ランタンで彩られた市街地。夜景、そして日中でも街を歩く人々の心を華やかにし、
異国情緒をより一層漂わせていました。このお祭り、長崎では20数回を越えるそうですが、年々知名度を増し、
冬の風物詩となっているようです。これを観に来た観光客は海外からの外国人もよく見かけましたが、
地元の人たちの楽しそうな様子も伺えます。

 開催期間中(2018.2.16~3.4)は、新地中華街など七つの会場が設けられ、イヴェントスケジュールが予定されています。
私たちは、中央公園での中国雑技、孔子廟での中国変面ショー、そして皇帝パレードを見ることができましたよ。

e0173350_15505721.jpg
e0173350_16015634.jpg
                 (皇帝パレード 長~い列が街を練り歩きます。)
e0173350_16021597.jpg




 イヴェントスケジュールを見ながら会場を巡りますが、空き時間を利用して、できるだけ市街散策を!
出島、諏訪大社、興福寺ほか、唐人屋敷街ではロウソク祈願四堂巡りでお願いごとをしてきました。
どんどん歩きましたが、路面電車の乗車一日券(500円)のおかげもあり、それは有効でした。



e0173350_15521249.jpg

(出島 中央に表門メインゲートが昨秋オープンしていました。)


e0173350_15513803.jpg

(興福寺 大雄宝殿は国重要文化財です。)

e0173350_15515332.jpg

                   
                  (孔子廟 これから変面ショウ―が始まるところ)




このフェスティバルでは、食文化も知る楽しみも満載です。会場内に屋台も立ち並び中華の美味しい匂いが鼻を誘います。
更に、長崎発祥の食べ物が色々あるので食べ歩いたり、お友だちからのおススメのお店でグルメを堪能・・・。

e0173350_15524285.jpg


                    慶応二年創業の𠮷宗(よっそう)さん 
                 *𠮷宗定食* 蒸し寿司と茶碗蒸しをお目当てに。

e0173350_15533641.jpg

                 慶華園さん*長崎ちゃんぽん* 海鮮の新鮮さが光ります。


e0173350_15530085.jpg

              お友だちの長崎の思い出の味 *梅月堂さんのシースクリームケーキ*
              やさしい味わい ほどよい甘さ 昔から変わらぬ味が地元の人にも人気のようです。
              明治27年に創業されたお店が現在の場所に本店を開いたのは昭和2年だそうです。
              店員さんによると、デコレーションクリームを最初に作ったのはこのお店だとか。


e0173350_15531754.jpg


                  ツル茶んさん *ミルクセーキ*
                  長崎発祥のトルコライスもこのお店は有名。そのデザートにいかがでしょう?
                  懐かしいアイスクリンの味。卵黄、牛乳、砂糖のみを使って今も手作り。
                  これは、ハーフサイズ。でも、すぐになくなっちゃった。美味しい!です。



 長崎港のように日本の玄関口だった時代にここに住んでいた人たちは、異国の様々な新しい文化が入って来て、
言葉も食べ物も風習に対面したとき、戸惑いはあったのか、それ程はなかったのか? 残されている資料を見ながら、
今思えば、それらを日本流に取り入れてしまう日本人もまたあっぱれと思います。
九州は本当に歴史の深い街があるところの一つですね。


e0173350_16012850.jpg
 これから行かれる方、そしていつかは行ってみたい方は、こちらをよろしければご参考までに。
長崎ランタンフェスティバルのサイト   https://www.at-nagasaki.jp/festival/lantern/

e0173350_15522869.jpg


# by nagomi-no-kaze | 2018-02-21 16:36 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

2018年を迎えて

 謹賀新年
 2018年がスタートしましたね。そして早くも、今日は七草。
日々、元気に、頑張ってまいりましょう!
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 私は数年前にある先生がおっしゃった「決めたらやるんです!」のお言葉が忘れられないのですが、
自身にはその点において成長がみられず、自らを省みる新年の幕開けとなりました。

 1月5日(金)に、凄い人の絵に会ってきました。
幼い頃から「一日一枚」絵を描き続けてきて、101歳となられた今も現役の洋画家、入江一子さん。
きっかけとなったのは、昨年末、NHK「日曜美術館」の番組を友人から教えてもらって見たことです。
既に6月に放送された内容を、再・再放送だったわけですが、人気が高かったことがよくわかりました。
それが、入江一子さんの特集だったのです。
私はどうしてもその絵に会いにいきたくて、
「入江一子シルクロード記念館」(東京都杉並区)に、行って来ました。



e0173350_22164735.jpg


 
 記念館のお名前には「シルクロード」とありますね。
入江さんはシルクロードにおける色彩に魅せられて、53歳のころから写生旅行を始めたそうですが、
その訪問地と発表された絵画作品の数が半端ないのです。
記念館に入ると、番組で紹介されていた絵が目の前に現れて、私は驚きました。
それぞれの場所で描きたいことが沢山ある。それを実現された入江さんの絵に囲まれていると、
まず色彩のあまりの美しさにびっくりします。元気が出ます。


 日曜美術館の番組において、入江さんは「絵が生活の第一義である。」と、語っておられました。
入江さんは幼い頃から絵を描くことが好きで、一日一枚、毎日絵を描いたそうです。
絵を描く習慣を、ご自分で決めて守る、これまでに描き続けてきたことが糧となっていらっしゃる。
その勇気と決断は、本当に素晴らしい。
入江さんは描かずにはいられないのだろうと思います。


 「最近、ようやく絵のことを分かり始めた気がします。」
入江さんのこの言葉の真意を、確かに絵が語っていました。 光っていました。


記念館のホームページがあります。
http://iriekazuko.com/

もし、興味を惹かれたら、入江一子さんの絵画に会いに行ってみてください。
ただし、金・土・日を中心に開館しているので、訪問前に予定を確認してくださいね。



# by nagomi-no-kaze | 2018-01-07 22:24 | 和みの風だより | Trackback | Comments(0)

2017年 大晦日となりました。
皆さまにとって、実りのある一年になりましたか?

東京、北九州にて、朗読の場を、機会を、させていただくことが出来て光栄に思います。
聴いてくださいましたこと、応援くださいましたこと、
誠に ありがとうございました。

一つ、一つ、作品と向き合うことは楽しく、聴いてくださった方と共有できる時間も嬉しいものでした。

私は北九州市では、日本語を学ぶ外国人の方々と接しています。いっしょに勉強をすることに携わっていますと、
日本語の難しさ、多様さ、そして美しさを、感じます。
ですから今年は台湾の台東市においても、まさかの朗読会が実現するなんて、驚きのプレゼントでした。
開催のチャンスを作ってくださったこと、そして、台湾に住む方々に
日本語での朗読を興味深く聴いていただけたことは、この上ない喜びでした。

東京での会では、こんなこともあるのだなぁと驚いたことがありました。
ご案内をして、本当に数年ぶりの再会。「ようやく来れました。」と聴きに来てくださったこと。
中でも、当初は中学生でお母様と一緒に聴いてくれた女の子が、昔聴いてくれたことを
よく覚えていて、今年聴きに来てくれました。お母様は都合がつかず、彼女は一人でご来場だったのですが、
話を聞いたら、今では音大生で、朗読ともセッションをしているそうなのです。
昔、聴いてくれたお話は、安房直子さんの『海の館のひらめ』。当時、フルートと共演しました。
現在彼女はフルート奏者。 きっかけの詳細はわかりませんが、少しでもその時の影響があったのでしょうか。
とにかく、続けていると、良いこともあるものだと嬉しくなりましたね。


北九州市では、「和みの風の朗読会」を、テーマを決めて再び起こしました。
一人の作家を一年追うことで、童話作家の安房直子さんとその作品をとりあげました。
読書が好きなある女性のお客様がご自身に発見があったそうで、
「朗読で聞くと、別の視点で言葉のイメージが起こされた」としきりに話してくださったことが印象的でした。
人の声で聴くことは、都度、様々な印象が芽生えたり、想像の面白さを味わえて、私も楽しいのですが、
少しでも、その面白さを感じてもらえたのでしょうか。だとしたら、嬉しいです。


来年も、皆様にとって、素晴らしい一年となりますように祈念します。
今年も読んでくださり、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

佳いお年をお迎えください。


e0173350_19433852.jpg





# by nagomi-no-kaze | 2017-12-31 19:25 | 和みの風だより | Trackback | Comments(0)

12月23日(土) 熊本県宇城市にある、三角西港へ行ってきました。
熊本駅から「あまくさ号」という路線高速バスで約1時間の行程です。




e0173350_22580487.jpg


三角西港(みすみにしこう)
明治20年に開港。製鉄、製鋼、造船、石炭など日本の産業革命の中でも、
特に三池炭鉱の石炭をこの港で積み替えて、中国の上海などに輸出していました。

その築港に尽力した人々のお一人。
熊本県令(現在の県知事)であった富岡敬明氏の胸像が海を見つめていました。

e0173350_22500380.jpg


この港の役割も時代とともに衰退してしまいますが、
当時の施設がほぼ原形のままで残されていることから、
複数の歴史的建造物が、2015年に世界文化遺産に登録されたそうです。
その一部を写してきました。


<排水路>
満潮時に海水を引き込んで、干潮時に排水するように造られた溝から
この道路側溝を流れて天然の下水道としての役を担っていました。


e0173350_22510426.jpg


e0173350_22514611.jpg


<石積埠頭>
港を計画したオランダ人の、ローエンホルスト・ムルドル氏が設計し、
日本人石工による技術と相まってこの埠頭が出来たそうです。
整然とした切石積みが大きな特徴。確かに美しいです。
全長は756Mにもおよぶとか。

このムルドル氏は、利根川・江戸川の改修に携わった方で、その後
日本政府から派遣されてこの三角港を設計施行したのだそうです。
現在も、このまま残っていることは素晴らしいですね。



e0173350_22511633.jpg


<旧三角海運倉庫>
明治20年築、土蔵造りの倉庫です。
昭和60年に修復されて、現在は、三角西港珈琲和蘭館として利用されています。

テラス席は海に面していて、三角岳を臨めます。橋の向こう側は天草へと繋がっているのです。

e0173350_22523350.jpg
e0173350_22532114.jpg


e0173350_22525768.jpg



このレストランで、熊本の合唱・古楽器アンサンブルグループ『葦』さんによる
クリスマスコンサートがありました。
この日は13名の編成で、合唱、演奏、舞踊ありの素敵なプログラムを楽しみました。

e0173350_22595369.jpg

福岡から参加の、中野博司さんと渡辺浩行さん。
中野さんとは、今年は二度共演させていただきました。
渡辺さんにもいつか朗読とご一緒していただけたら嬉しいですね。

e0173350_22542827.jpg
e0173350_22545270.jpg
e0173350_22590246.jpg

このコンサートのおかげで、三角西港を訪れることができました。
今回は日帰りでしたが、歴史的見どころも多い熊本へ また足を運んでみたいです。




# by nagomi-no-kaze | 2017-12-27 23:00 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)