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ジョルジュ・ルオー展

 20世紀フランスの画家 ジョルジュ・ルオーの作品展を北九州市立美術館で見てきました。
その時のことをお話しましょう。

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 北九州市立美術館が所蔵するルオーの作品が多い事に、私は驚きました。
「受難」のタイトルで18点、「ミセレーレ」という銅版画集に納められた銅版画と、関連する絵は73点もありました。
それに加えて今回、汐留ミュージアム、ヴァチカン美術館、ポンピドューセンター、ルオー財団からの作品、
そして個人所蔵の作品らと共に紹介されている、素晴らしい展示でした。 

<写真は、ポスターより。写真撮影可>

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 私はこの展覧会の予告ポスターに、絵の美しさにも惹かれていましたが、
以前朗読した、茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」に、ルオーの名前があったことを思い出したのでした。

 それは、長い詩の中の一番最後の連に、このように記されています。

 
 ~ だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように  ね ~

   詩「わたしが一番きれいだったとき」 / 茨木のり子 より。

(ここでは、その箇所のみ記します。)
 


 

 茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」は、代表作の一篇です。
茨木さんは19歳で終戦を迎えますが、まさに戦中・戦後をくぐり抜けていた時を、
心の中の言葉を、あふれんばかりに表現しています。
 どうして画家ルオー氏をこの詩に記したのかなと気になってはいましたが、
ルオーのことを深く調べたことがなく、そのままになっていたのです。


 

 さて、ルオーの銅版画集「ミセレーレ」。
ルオーは、第一次・第二次大戦の間、人類の悲劇を銅版による作品に表しました。
たとえ戦争が終わっても、その後人々の貧困・苦痛は変わらないことを、ルオーは見つめ続け表現したのでした。
ラテン語の 「Miserere」 ミセレーレ、日本語訳で「慈悲を」。
ルオーは、画集に付ける名まえに、これより他の言葉は思い浮かばなかったそうです。

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 ルオーは確かに晩年美しい絵を数多く残しているけれど、それだけではない。
茨木さんは、この銅版画集のこれらの絵も、そしてその後に描かれた聖なるキリスト像、聖なる人物象の美しい絵にも、
魅せられたのではないでしょうか。
ルオーの「慈悲を」絵に託した想いに、茨木さんの心は慰められたのかもしれません。


 この詩には、画家は「ルオー」でなければならなかった。それが、私の中でやっと、腑に落ちました。
「ルオー爺さん」と親しみをこめて詠んだ気持ちにも、今は、うなずけるのです。
私の中で、茨木のり子さんとルオーがようやくつながりました。



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北九州市立美術館 
http://kmma.jp/honkan/

※「ジョルジュ・ルオー展 聖なる芸術とモデルニテ」 2019年2月17日(日)までの展示です。

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by nagomi-no-kaze | 2019-02-06 23:00 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

 8月15日は終戦記念日。日本中で戦没者追悼行事が開催されていました。
 報道では「次世代へ繋ぐ」という言葉をよく耳にしましたが、
 戦争体験されて今を生きる人たちの想いを知り、心に留め置く必要があると思いました。
 当時の悲惨さはどういうものだったのか? これについて目をそむけてはいけない。耳をふさいではいけない。
 もしこれを忘れてしまったなら、いつかまた歴史は繰り返してしまうことでしょう。
 

 ところで、『月光の夏』(毛利 恒之/原作)の話をご存知でしょうか?
太平洋戦争末期の九州での実話をもとに創作した小説です。
その後、1993年 映画が公開されました。(監督/ 神山 征二郎)

 昨夏、とある朗読会でこの作品に触れた折、私はその話をよく知らずに聞きました。 
日本が敗色を挽回しようとして特攻隊による攻撃を始めており、そのために
多くの若者がその犠牲になってしまったこと、また、帰還した兵士たちが収容された
「振武寮」の存在を知ることになり、それらの事実に愕然としました。
 そして、この話に登場するピアノがある、その場所を訪れてみたいと思いました。



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 サンメッセ鳥栖(佐賀県鳥栖市)



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  1階ロビーに設置されているこのピアノは、
 元は鳥栖国民学校(現在の鳥栖市立 鳥栖小学校)にありました。
  鳥栖にやって来たのは1930年(昭和5年)のこと、
  子どもたちに良い音楽を聴かせたいと、鳥栖市の婦人会、多くの市民による寄付により購入されたそうです。

 セミコンサート用のサイズですよね、当時、外国製の舶来のグランドピアノは大変珍しかったことでしょう。



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  これはドイツのフッペル社製のもので、国内に現存するのはこの楽器を含めて3台のみだそうです。

  ドイツの町工場での製作で大量生産ができなかったこと、第二次世界大戦中、ヒットラーにより
   フッペル社の工場は壊されてしまったことなどから、今では大変貴重なピアノです。

  1993年公開の映画「月光の夏」から、この楽器のことも全国的に知られるようになりました。
 そして、フッペル社があったドイツのツァイツ市と鳥栖市は姉妹都市となったそうです。
 鳥栖市では、毎年、8月15日には、平和の祈りをこめてピアノコンサートを。
 また、「フッペルピアノコンクール」が毎年開催されているそうです。






 この、サンメッセ鳥栖のロビー会場にて、

 第11回 フッペルと共に ~ フッペルが奏でる平和への願い2017 ~ を聴きました。

 ここでは、必ず、ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2「月光」(ベートーヴェン作曲)全楽章が演奏されます。

 今年の奏者は、県立鳥栖高等学校1年の男子学生、古澤 晃希さん。 思いのこもったとても素晴らしい演奏でした。

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 『月光の夏』では、このようなシーンがあります。このピアノの存在を知ったふたりの特攻隊員が小学校を探し当てて訪れて、
 「翌日出撃すれば生きて戻ることはない、今生の思い出に、どうかピアノを弾かせてください。」と申し出ます。
 その時に対応された当時の音楽教諭が持っていた楽譜が、「月光」でした。
 ひとりの隊員は、全楽章を思いきり演奏しました。 もうひとりの隊員は、そこに居合わせた子どもたちが
 自分たちのために歌ってくれる「海ゆかば」の伴奏を担いました。
  

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 事実、このピアノが戦時中をくぐりぬけ、その後、修理と調律を時間をかけて行われて保存され、今に至っていることに、
大きな意味がありました。
 
 コンサートにおいて「月光」の演奏のあとは、希望者によるピアノ演奏がありました。
 5歳の園児から高校生まで12組の応募があり、次々に演奏を披露。 1曲 3分以内での演奏、自由な選曲、表現。
 微笑ましい演奏もあり、緊張からほぐれたひとときとなりました。
 

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 ここでいつでも見ることができます。 希望すれば、短い時間でしたら弾くこともできるそうです。



  コンサート終演後は、映画「月光の夏」の上映会があり、私も見ることが叶いました。
 映画でもこのピアノを使用しており、隊員が演奏する「月光」の曲にどうしても感情移入してしまうのですが、
 平和への祈りをこめて見入っていました。

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 映画のタイトルの書になりました。



 小説『月光の夏』は、汐文社 または 講談社文庫 から出版されています。
 映画「月光の夏」も、機会がありましたら、ご覧になってみてください。




by nagomi-no-kaze | 2017-08-16 22:34 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

 季節柄「読書の秋」も楽しみの一つ。 最近、なにか面白い本に出会えましたか? 
わたしも、ずっと気になっていた本を読んだり、たまたま目についた本を手にとってみたり、
北九州市出身の作家の本にも興味を持ったりしています。

 そんな中、北九州市立中央図書館での「ブックトーク講座」(全3回)受講しました。
これは子どもたちへの読み聞かせボランティア講座のひとつで、講師による解説と実習も兼ねた内容でした。

 「ブックトーク」とは、図書館業務のひとつとしていう場合、
「あるテーマに沿って、数冊の本を順序良く、上手に紹介すること」のようです。

これは、子どもたちが本に親しむ・読むきっかけを作ることに繋がります。
読み聞かせやおはなしを語り、子どもたちが本を知るためのアプローチもあるのですが、
方法は、それだけではありませんね。
 「ブックトーク」には、様々なジャンルの本を紹介できるチャンスがあります。
そのためには、テーマを持つこと、私達の本の知識や紹介の仕方に工夫する力も必要で、考えることが沢山あります。あらゆるものがテーマになりますが、子どもたちの興味をひくものは何だろう?と考えることも楽しみです。
 講師の先生の例を見せていただくと、テーマがあとからわかる仕組みであったり、
例えば「食べる」・「食べられる」のように、真逆な言葉を使うテーマを見出すことも、面白い考え方でした。正直、もっと講義を聞きたかったのですが、グループに分かれて実践していかなければなりません。
 三人でたまたま持ち寄った本からテーマ決めと選書を始めたので、話し合いの途中で変更した本もありました。お一人当日に来られない予定であると聞いていたので、選書までは三人で行って、
その後、二人で集合し、選んだ5冊の本の紹介の組み立てをしていきました。
 お互いの持ち時間、担当する本も決めて、いよいよ最終回の今日、その事例発表をしました。

流れを組み立ててきたことを実際に人前で紹介をしてみると、私の内容にも先生からのダメ出しがありましたが、もっとこうすれば話を短くできたはずのことや、本と次の本への繋ぎがスムーズになる言葉の使い方について、先生のご指摘は的確でした。それが分かって、ああ~もし時間にこの余裕ができたら・・・。いっぱいトークの流れを考えたのだけど、本当はもう少し紹介したかったのに時間のために削ってしまったある本の内容部分のことを思うと、自分の紹介時間でのまとめにおいて、
わたしの最後の詰めが甘かったと反省。


 私たちのグループは、「冒険の旅」というテーマで紹介しました。(20分以内)

① 詩 「いちばんぼし」  まど・みちお少年詩集「まめつぶうた」より

② 絵本「いしのはなし  きれいでふしぎで やくにたつ ちいさなちきゅう」

③ 本 「宇宙への秘密の鍵」 

④ 本 「12月の夏休み ケンタとミノリの冒険日記」

⑤ 絵本 「おとうさんのちず」 


 「ブックトーク」実践の場が今自分の目の前にないのは残念ですが、
この考え方を、今後様々な場においても生かしたいと思っています。

 「読み聞かせ講座」に続き、今回も、皆勤賞でいただきました。 立派な・・・!(^^)

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by nagomi-no-kaze | 2016-11-08 23:22 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

 10月を迎えました。これからどんどん日にちの経過が早く感じられますね。
今年は何だか台風が多く、各地での被害情報に、とても心配になります。

 「○○の秋」と称される様々な表現に、あなたは何を思い浮かべますか?
これまでで初めてのことですが、わたしは、「健康の秋」を心がけたいと思います。
わたしが住む北九州市では、週末にかけてウォーキングやマラソン、健康まつり などの
イベントが沢山。気軽に参加できます。そのために、体を動かしに出歩く人々を、朝も夜もよく見かけます。
 特に、10月は「歩こう!」月間。 目的を作らずとも、ぷらっと歩きに行ってみる。
 これが、とても効果的と言われています。

 さぁ、秋を感じて、楽しく過ごしていきましょう。




 さて、先の9月24日のライヴでは、地元に伝わる小話、詩、そして北九州市のとあるパン屋さんの一品
「バターパン」についてのエッセイ を 聞いていただきました。

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                      写真は、ギオン夢舞台(八幡東区)にて

 今回は、詩のコーナーでご紹介しました 詩人 みずかみかずよさん のことを書きます。
会場の八幡地区とあって、地元で活躍された方の作品を朗読で紹介したいと思い、実現しました。

 みずかみかずよ さん 詩人・児童文学作家 北九州市八幡東区出身。(1935~1988)
児童文学誌「小さい旗」の同人として詩や小説を発表。地元の幼稚園勤務の傍ら、書くことを
始めたという。1980年 小学校国語教科書に掲載された少年詩「あかいカーテン」をはじめ、
「ふきのとう」「金のストロー」「つきよ」等 七つの詩がこれに続く。
また、合唱曲にも詩が取り上げられるなど、瑞々しい感性にあふれた表現は大人にも子どもにも
愛されている。子どもの目線で書かれた詩や、地元の風景を心から愛し、四季折々に見つめて書かれた詩も数多い。
それから、戦中・戦後の時代に身に起きた出来事を綴った詩もある。
晩年は苦しい闘病生活の中にも、書くことをあきらめず、その詩にはいのちの尊さ、自然の恩恵に
感謝の祈りがこめられている。 生涯、この八幡の地で活躍されて命を全うされた方である。(享年53歳)


 北九州市立文学館では地元出身の作家について資料が常設展示されています。
http://www.kitakyushucity-bungakukan.jp/
 みずかみかずよさんも、そのお一人です。

 ここで、みずかみさんの元に届いた、児童文学作家 安房直子さんからの葉書が一枚、展示されているのを見つけました。
 これまでに、安房さんの作品を読ませていただいたわたしには大きな喜びで、その場を離れがたく思いました。
みずかみさんの作品を全集も全て読み、お二人の世界観がどこか似ている感じがありましたが・・・、
実際に交流があったのですね。
まさか、ここでこの葉書に遭遇するとは、繋がるとは思いませんでした。単なる偶然にしたくはないと思いました。


 みずかみかずよさんの言葉には、魅力的な力がありました。

遊び心が詩をかかせるし、詩を読んでもそのなかで自由自在に遊べるから楽しいのです。
詩は一人一人の心の中に自分流の絵を描くのです。

    詩とエッセイ集 「子どもにもらった詩のこころ」(石風社)
             「心が遊ぶ」詩「馬でかければ-阿蘇草千里-」エッセイ より


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 JR鹿児島本線 八幡駅 近くにある公園には、みずかみかずよさんの「ふきのとう」の詩碑が、
生前大好きだった皿倉山を望むようにしてあります。



by nagomi-no-kaze | 2016-10-08 23:59 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

暑中お見舞い申し上げます!

夏は暑いとわかっていても、言っても仕方がないとわかっていても
「暑い!」しか出てこない。とにかく夏らしい空模様です。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

7月は、北九州市内で開催された「朗読会」や「おはなし会」などに出かけて
耳を傾けて楽しんでおりました。
そして図書館主催の「読み聞かせボランティア講座」に繰り上げ当選し、
一回が3時間の3回連続講座に参加しました。
すると、こんなに立派な修了証をいただきましたよ。いくつになっても嬉しいものです。
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東京でもこれまでに子どもたちに絵本を読み聞かせる機会はありましたが、
理論立てて勉強したことはほとんどありませんでした。
実践とともに充実した講義内容で、3時間があっという間。
集中しましたし、受講して良かったと思っています。



 絵本を読んで紹介することは、子どもたちが本に出会うための一つのきっかけと
なりますから、とても大切な時間です。
そのために、準備段階で考えることはいくつもあります。
選書や、複数読むときには紹介する順番を考えることも、大切ですね。

 今回、一人1冊選び、読む練習して披露する実践もありました。
わたしが選んだのは『おとうさんのちず』ユリ・シュルヴィッツ 作 、さくまゆみこ 訳
こちらのサイトに載っておりましたので、ご参考までに。
http://www.ehonnavi.net/ehon/28562/%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A1%E3%81%9A/

わたしはユリ・シュルヴィッツの作品は「よあけ」が好きですが、この本は初めて読みました。
作家 ユリ・シュルヴィッツは、ポーランド出身で子どもの頃に戦争で故郷を離れる体験しています。
自伝的とも思えるお話に感じます。
ある日、父親がパンを買いに行ったのに持ち帰ったのは世界地図だったことは、少年の心に光を灯したのです。
読んでいたわたしの心にも光を届けてくれた、素敵なお話でした。


絵本は今や子どもたちのみならず、大人にも必要なものとわたしは思います。
色々なジャンルの、沢山の絵本があります。昔から読み継がれている絵本も
やはり今の子どもたちに届けてあげたい。そして、今度は自ら、
乾いた喉を潤すように、いい絵本に出会う楽しみを見つけてほしいと思います。
by nagomi-no-kaze | 2016-08-04 13:56 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

小倉城に近い、「リバーウォーク北九州」は、
この地域を流れている紫川の川沿いにあります。
http://riverwalk.co.jp/information/about1/

 7月1日の朝、通る道すがら、たまたま入ったスタバはまさにOpenしたところでした。
わたしには珍しく、ちょっと一息のつもりで得た朝の貴重な時間です。
大きなガラス張りの明るい店舗で雰囲気も良く、
城の石垣のあるこのような景色を眺めながらコーヒーを飲める居心地の良さを感じていました。

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 すると、New Openだからなのでしょう。女性の店員さんが私に話しかけてきてくれました。
それはお店のデザイナーさんのアイデアのお話でした。
お客様が座った位置からそれぞれに、窓の外の景観を楽しめるように
配置や、床をわずかに傾斜して椅子に座る高さに工夫されていることを聞きました。
加えて、店内の大きな柱に描かれた植物の絵には菱の実とその花が描かれていることも。
その菱の実のことについて、店内のボードに店長さんのコメントがありました。
万葉集の和歌とともに書かれた内容に興味を持ちました。

その和歌とは、
豊国(とよくに)の、企救(きく)の池なる、菱(ひし)の末(うれ)を、摘(つ)むとや妹(いも)が、み袖(そで)濡(ぬ)れけむ


ネットで調べると、 和歌についての内容が見つかり、歌の意味はこのようなものでした。
「豊国(とよくに)の企救(きく)の池にある菱(ひし)の先を摘もうとして、あなたは袖を濡らしたのですね。」


 豊国(とよくに)は、現在の福岡県・東部と大分県を含む地域と考えられており、小倉も十分範囲内です。
歌枕として詠まれた「企救(きく)の池」は、今では存在しないそうですが、
小倉南区蒲生のお寺(大興善寺)の「紫池」のことを指すのではないかと言われているそうです。
この紫池は、リバーウォーク北九州の前を流れる「紫川」の名前の由来の一つではないかということも書かれていました。    「紫川」
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 昔、紫川は川の水が汚れていたとよく聞きますが、わたしはこの状態になった紫川しか知りません。
今では魚も住める環境になり、川の上を鳥たちも飛び交うのをよく見かけます。


<「むらさき川」のお話>
四月に、この紫川の川沿いにある小学校で高学年にお話した「むらさき川」。
これは川にまつわるお話でした。以前にも、この本はご紹介しましたね。
出典の『北九州のむかしばなし』((財)北九州市芸術文化振興財団 発行)によると、
「むかし、むらさき川は企救川(きくがわ)と言っていました。」と、お話が始まります。
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お話を少しご紹介しましょう。
 企救川のほとりにあった漁師の村が、ある日、玄海に住む海賊によって荒らされてしまう。
漁師の若者が、村の再興のため、川上の山に住む男をたずねる。
山の里で取れた食べ物を川上から流してもらうことを頼んでみようと思ったのだった。
 道中、若者は偶然に山の娘ムラサキと出会う。ムラサキは川上の山の男の妹だった。
若者の話を聞いたムラサキは、「兄に相談しても殺されるだけだ。」と言う。
そこで、ムラサキが兄に懸命に頼んでみたところ、最初は承諾しなかった兄もやがて一つの条件を出す。「ひと月以内に、鯛百匹を持参するように。」しかし、これは険しい山路を考えても無理難題であった。
 山の娘ムラサキは、漁師の若者を励まし、想いを込めてアイゾメの木の実を毎日川に流すことにした。この企救川が紫色に染まっている間は、ムラサキが若者の成功を祈って待っているのだ。
しかし、若者が志半ばで、運悪く荒波にのまれてしまったことも知らずに、ムラサキは木の実を流し続ける。このことを知った川沿い人々は、川を「紫川」と呼ぶようになったというお話。

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by nagomi-no-kaze | 2016-07-05 16:14 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

門司港でのとある一日

北九州市は海も山も臨めるところです。
この門司港も、いつかは旅行で行ってみたい場所の一つでした。
今はありがたいことに電車かバスに乗って来ることができます。
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港町を身近に感じられるのは、私にとってこれまでになかったことで、
海にキラキラした水面や、船着き場、白い関門橋、
その向こう岸の下関の山並みの緑は、とても美しい光景です。



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レンガ造りの建物も港の周辺に見られます。







「北九州市旧門司三井倶楽部」
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大正10年に、三井物産門司支店の社交倶楽部として建てられたそうです。
現在は門司港駅前に移築されて、すぐに目につく建物です。
木造2階建で、ドアや窓の枠に個性的なデザインも見られます。

1階には、応接間にピアノが置かれていました。
陽光ふりそそぐお部屋ですが、このような場所で演奏会があったら素敵でしょうね。
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2階はとても興味深い!
まずは、アルバート・アインシュタインのメモリアルルームです。
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講演旅行で日本を訪れて、この門司にも一週間ほど滞在されたそうなのです。

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展示室のこの写真は、1921年に日本に向かう「北野丸」船上のアインシュタインと奥様で、
光電効果の法則を発見によりノーベル物理学賞受賞のニュースを受けて、撮られた喜びのお写真でした。

そのほか、音楽好きのアインシュタインは、特にモーツァルトを好まれたようでした。
このメモリアルルームにはクラシック音楽がずっとかかっているのです。
展示室には、当時宿泊されたお部屋やバスルームをここに再現。
また、門司でのエピソードも残されていました。
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また、同じ二階のフロアには、
今話題の「放浪記」の作家 林芙美子さんの記念室も、4室ありました。
こちらは撮影が許されていません。
自筆のお手紙、原稿は、息遣いを感じられます。
林 芙美子さんは下関生まれの説もありますが、どうやら、門司生まれが通説となっているそうです。
幼少期は、下関、若松、そして筑豊の炭鉱街を両親と行商していたことからも、この関門付近で育ち、
後に尾道で進学、既に文才を認められていたことに、驚かされます。

新宿区下落合にある「林芙美子記念館」は、最期の時を迎えるまで住んだご自宅で、創作活動に専念できた場だったそうです。
私が以前訪れた時はあいにく休館日でしたが、
とても素敵なところのようなので、ぜひ行ってみてください。私もいつかまた訪ねてみたいと思います。


この日夕方から、門司港ホテルで講演会があり聞いてきました。
元NHKアナウンサー 宮本隆治さんによる「林芙美子&門司を語る」。
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約90分、とても楽しいトークと「放浪記」一節を朗読もしてくださり、
この間、ずっと、その温かいお人柄に、笑いに誘われて過ごせたことを
私だけではなく、会場の皆さんが感じていらしたと思います。

「花のいのちは みじかくて
 苦しきことのみ 多かりき」 この言葉を、生前 林芙美子さんは色紙に書いたりなさったそうですが、
原典ともいうべき、実はその続きがあったことも、宮本さんがこの会で話してくださいました。

林芙美子さん自筆の詩稿が、
「赤毛のアン」翻訳家の村岡花子さんの自宅に額に入ったものが見つかったそうで、
現在、赤毛のアン記念館 村岡花子文庫蔵に納められているということでした。


「 風も吹くなり
   雲も光るなり
   生きてゐる幸福(しあはせ)は
   波間の 鷗のごとく
   縹渺(ひょうびょう)とただよい

   生きてゐる幸福(こうふく)は
   あなたも 知ってゐる
   私も よく知ってゐる
   花のいのちはみじかくて
   苦しきことのみ 多かれど
 
  風も吹くなり
   雲も光るなり 」

声に出して読んでみると、実に清々しいものを感じるのでありました。

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門司港観光について写真もきれいなサイトを見つけました。 ご参考までに。
http://www.mojiko.info/3kanko/


by nagomi-no-kaze | 2015-10-26 13:56 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

12月18日(木)

わたしも参加している三鷹市内のおはなし会グループでは、
小学校などへ出向いておはなし会をしますが、近年、市内の小学校から、
いつものおはなし会とは別に、5年生が国語で習うので、宮沢賢治のおはなし会」を
依頼されるケースが増えてきました。
賢治の作品に親しんでほしいという先生方のお考えも、とても嬉しいものです。

先週になりますが、今冬も依頼をいただいた小学校でのお話です。
2日間にわたって3クラスに予定されまして、図書室で行います。
わたしはそのうちの1クラスに、語り手として参加させてもらいました。
それは、とても楽しみなおはなし会でした。

図書室へ入ってみると、
司書の先生が、2台の大きなテーブルに、蔵書の賢治の本や絵本をたくさん並べてくださって
います。これは本当に嬉しいことです。 たくさん読んでほしいなあと思いました。

さて、おはなし会は、といいますと、
ご一緒に入ってくださったYさんは、宮沢賢治のお話をよくご存知です。
昨年もこの小学校で語られていたので、その様子を聞きながら、
今年のプログラムを企画しました。

そこで18日は、

 Yさんが、ご自分のライアーを持参、「星めぐりのうた」を弾いてから、
・注文の多い料理店<序>を朗読。
・「どんぐりと山猫」 を語られました。 長いお話ですが、子どもたちは話に
とても引き込まれて聞いていました。



そのあとに、私は「ざしき童子のはなし」を語りました。
最後に、詩「雨ニモマケズ」を暗唱。

◇ ざしき童子のはなし ◇
賢治が生前に世に発表した童話は数が少ないのですが、その貴重な作品の一つです。
賢治は、「遠野物語」に、既に、岩手県に伝わるざしき童子のことを紹介されていたのを、
おそらく読んでいたと思われます。

「ぼくらの方の、ざしき童子のはなしです。」という冒頭から、
4つの短いお話をオムニバスのようにしてお話を書きました。

ざしき童子を見たものは、幸運が訪れるという言い伝えがあるのです。
しかしそれはどんな状況なのか・・・?

子どもに語るのは初めてでしたが、神妙な顔をして聞いてくれていました。
ちょっぴり怖いような、でも聞いてみたいような、そんな雰囲気が伝わってきました。
私もその緊張感が伝わってきて、一緒に楽しみました。

◇ 雨ニモマケズ ◇
 この詩を読みますと、私はとても心が澄んだ思いがします。
 教科書にも載っているとのことでしたが、私が暗唱するのを、一緒に、口が動いている
子どもが何人かいたので、次に一緒に暗唱しようと誘ってみました。
思いのほか、ほとんどの子どもたちが、全て覚えているといっても過言ではありませんでした。
これは凄いことです。驚きました。



 司書の先生が、黒い革の手帳を賢治の本が並ぶ同じ場所に、何気なく置いていてくれました。
 これも嬉しい演出でした。 というのも、
「雨ニモマケズ」は、賢治が病床で自分の黒い手帳に書き留めたメモ書きだったのです。
賢治の死後、実弟によって発見されました。

 その司書先生から、おはなし会終了後に、こちらをプレゼントにいただきました。
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 なんて、優しいお心遣いでしょう! カンゲキ!!

 あとの2クラスは、YさんとNさんが担当されました。私は聞けなくて残念でしたが、
きっといい時間になったと思います。
 今年も、この小学校で、賢治のおはなし会が実現して良かった!

 
by nagomi-no-kaze | 2014-12-21 22:18 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

なめとこ山のくま

宮沢賢治の童話作品のなかで、
わたしのいちばんお気に入りは、「なめとこ山のくま」です。

なめとこ山の自然豊かな山の風景がたくさん描かれていて、
そこには昔からたくさんの熊がいて、
そして、くま捕りの名人、淵沢小十郎がいる。

自然界、くまたちの世界、人間の世界がきちんとあるものの、
それらは、一つの球体のなかにあって、ちゃんと繋がっている。
その大きな世界観を、宮沢賢治は上手に描いていると思うのです。


「小十郎はもうくまの言葉だってわかるような気がした。」

「てめえも熊に生まれたが因果なら、おれもこんな商売(猟師のこと)が因果だ。」

仕方なしに猟師の仕事をする小十郎だが、くまをにくくて撃っているのではない。


「そして、なめとこ山あたりのくまは、小十郎が好きなのだ。」



何度も読んでいけばいくほど、
小十郎の人生を近くで感じられることによって、そこから様々なことを思うし、
とてもせつなくなるし、 そして、小十郎を好きになる。

物語全体を通して、愛のある、心が澄んだ想いのする、優しいお話です。

*****************************************
今年は、賢治没後80年。 たくさんの詩や童話が残されています。
どうか、手にとって読んでみてください。

「なめとこ山のくま」もおススメします。
by nagomi-no-kaze | 2013-11-05 18:04 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

ふしぎなオルガン

「ふしぎなオルガン」 
リヒャルト・レアンダー/作 国松孝二/訳
(岩波少年文庫)

 ドイツで外科医をしていたレアンダー氏が、1890年の独仏戦争のときに
軍医としてフランスに赴いていた頃に、故郷の子どもたちのために綴った童話の一話。

とても上手にオルガンを作る若者が、本当に不思議なオルガンを作った。
それは、神様の思し召しにかなった花嫁・花婿が教会に入ってくると
ひとりでに音が奏でられるというオルガンだった。
完成すると、その若者は、ある女性と教会で結婚式をあげるのだが、
音がなりだすであろうはずのオルガンが、音一つたてない。
そのとき、若者は・・・。



興味深いタイトルに惹かれたのと、これを語りで聞いたのを機に、
いつか私も語ってみたいと思っていたお話でした。

昨年12月の、風流楽クリスマスコンサートで
レアンダー作品を取り上げて、「天の音楽」を語り、
「錆びた騎士」をチェンバロ・歌(ソプラノ)との共演で朗読させていただきました。

「ふしぎなオルガン」は、今年に入って、1月から3月までの各月、朝読書の時間に、
6年生に向けて語らせていただいています。
明朝が、その最後のクラスに入る日。
 6年生に、どうしても、聞いてもらいたくて、選んだお話です。
これから先、自分がすることに自信を持って行ってもらいたい。しかし、
独り善がりではいけなくて、そうなりそうな時は初心に戻って、また新たな一歩を踏み出して
ほしいなと思ったのです。
私もその気持ちを忘れないように、自分に言い聞かせながら、語っているような気がします。


明日会う6年生たちは、どんな風に、このお話を聴いてくれるかな?
by nagomi-no-kaze | 2012-03-08 20:46 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

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