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 宗像大社を参詣させていただきました。温かな陽光、宗像の自然豊かな空気に包まれました。
昨年中にこちらで福みくじをひいたら、立派な稲穂のついた御札をいただきまして、
おかげさまで、平安無事に過ごすことが出来ました。その御礼もお詣りさせていただきました。

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宗像大社は天照大神の三つの柱の御子神様の三女神をお祀りしています。
三女神とは、
沖ノ島「沖津宮 おきつみや」田心姫神(たごりひめのかみ)
大島「中津宮 なかつみや」湍津姫神 (たぎつひめのかみ)
田島「辺津宮 へつみや」市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)

「宗像大社」とはこの三宮を総称しているそうです。


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 本殿の拝殿は一部修復中のようですが、建物を横からみたらこのような。とても立派です。
境内には大きな木々に囲まれていて、歩いていて気持ちが良いです。
「神宝館」には宗像の歴史や沖ノ島での宝物のご紹介もあり、興味深いです。

そして、こちらはぜひお勧めしたいのですが、
「鎮守の杜の径」を通って、森林浴を楽しんでください。

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 そのまま大きな木々に誘われて上へと上り、
 ここから右手を見ると、このように景色がよ~く見えます。 向こうの真っ青なところが日本海。
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 そして「高宮祭場」へ。
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 ここは、宗像大神「降臨の地」と伝えられています。

写真をご覧になりたい方は、宗像大社 公式ホームページをご参考までに。
境内見取り図、写真も掲載されていますよ。

http://www.munakata-taisha.or.jp/html/gosaijin-yuisyo.html



 私は公共交通機関を使って行きます。
(お車ではない御参詣の方には参考になりますでしょうか。)
小倉からは、JR鹿児島本線の東郷駅まで。在来線快速でも8駅(約40分)ほどです。
博多からは、在来線快速で7駅(35分)ほどですね。

 東郷駅前から西鉄バスで大社に向かうことができますが、本数は少ないです。
そこで、反対側の日の里出口から、レンタサイクルが便利です。
ステーションは6つほどあります。借りたところで返すルールですが、
一日500円で借りられるとてもきれいな電動アシスト自転車です。
こちらを、ご参考までに。
http://www.muna-tabi.jp/k002/content/20180620150138.html


宗像のいい景色を見ながら走れる楽しさがあります。

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この釣川に沿って進みます。この川は日本海に繋がっています。 
サイクリングロードもあり、走りやすいです。
山側の景色もまた綺麗ですよ。

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 ところで、日本の四季のなかで「新」がつくのは・・・?
「新春」ですね。春が待ち遠しい気持ち、春が来た喜びは、
人の心に新たな風を吹き込むからでしょうか。

今年は梅が咲くのも早くて、福岡では1月10日。
そればかりではありませんでした。水仙も、菜の花も(?)咲き誇っていましたよ。


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 寒波はまたやって来ると思うのですが、やはり暖冬なのでしょうか。


 大社より約3キロ先にある、道の駅「むなかた」に寄るのもいいですね。 私はこのパン屋さんが好きで、お昼もここで。

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そして更に3キロ釣川をたどっていくと、その先は日本海(玄界灘)
すぐ海が見えていますから、行きたくなるんです。 
 
冬でも海の色がこんなに濃いブルーだなんて!

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と、寄り道しながら往復約3時間。 爽快なサイクリング日和でした。

海山が近く、水が豊か・緑多き宗像です。





by nagomi-no-kaze | 2019-01-22 22:39 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

 今、向き合っている作品に出てくる石炭採掘の仕事に就いた坑夫たちの話や時代背景を知ろうと
色々と調べを続けているのですが、九州地方は昔から炭坑の数が多かったことから、
福岡県内にある記念館や博物館の展示のおかげで、私も、石炭産業の仕事や歴史について知ることができました。


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 4月26日、田川市石炭・歴史博物館
   27日、鞍手町石炭資料展示場 を訪れました。
 どちらも、(その1)で訪ねた直方市と隣接している地域です。
 筑豊地方と言いますが、この辺りにある山沿いや遠賀川流域には多くの炭坑の坑口がありました。


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      <田川市石炭・歴史博物館>


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 博物館には、三井の田川鉱業所があった当時の資料展示が多いこと、
そして、直方市の記念館にもありましたが、山本作兵衛氏による炭坑記録画の所蔵があるのも特徴です。
 山本作兵衛(1892~1984)は、労働者としての体験ある方でしたが、依頼を受けて、
明治中期~昭和戦中期までの筑豊の炭坑の仕事と実生活を描いた炭坑記録画を描き、
絵とともに解説文を書き込む形で大変貴重な資料です。その他、日記なども数多く残されました。
それらが627点が、ユネスコ世界記憶遺産に登録されています。

 屋外には、炭坑住宅(ハモニカ長屋)の再現や、炭坑で実際に使用されていた大型機械類の展示、
石炭運搬に使用された蒸気機関車がありました。

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 また、博物館の近くには、近代化産業遺産として、立て坑の櫓と、煙突が二本、堂々とその姿を見せています。


   旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓


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    旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一・第二煙突

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JR日田彦山線 田川伊田駅
ここから徒歩5分
田川市石炭・歴史博物館
詳しくは、こちら。
http://www.y-sakubei.com/museum/index.html





     <鞍手町石炭資料展示場>

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 鞍手町(くらてまち)には、江戸時代から昭和40年代までの約300年にわたる石炭の歴史があるそうです。
その当時の農村風景の写真展示とともに、石炭について、実際の現場についての資料を見ることができます。
外観のかまぼこのような形の入口。この自動扉が開くとそこは坑道の中といった作りの展示場です。


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 中に入ると、写真やパネル展示が多く、この辺りの歴史についても丁寧に説明されています。
 石炭は実は磨くとこんなに綺麗に。熟練の方の技ですね! これらの加工された石炭は「黒ダイヤ」と呼ばれていたことも?


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 ところが、中でゆっくり資料を見ていたら、突然消灯!
とはいっても、隙間から外の光が入り込んでいるため、暗闇とはいえないのですが、
展示場の中は人がいないので、一人で見学していた私はうろたえてしまって、
その坑道内でそばにいたジオラマの人形と向き合うことに! キャー。。。!
急いで扉のほうへ駆け寄り、扉が開くと電気がパッ!!点いた! そして、外へ出られる。
 あとでわかったのですが、自動扉が開いてから15分そのまま経過すると自動消灯になるようでした。ご注意を!
(入口のほうに書いていてほしかった!!)

 こんなこともあって、私は、「ああ、昔は本当に、暗闇の中での仕事だったのだなぁ」と実感。
(ある意味、坑道内にこの身を置かれた体験をしたことになりますかしらね。)
 かつて、坑夫たちの採掘・運搬の仕事は、坑内で暗闇や落盤、石炭から自然発生するガスなどの恐怖と戦いながら、
毎日、毎度、命がけであったことを、今回の作品やこれまで読んだ資料などから、いっぺんに思い起こされた一瞬でした。


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  JR福北ゆたか線 鞍手町駅より 徒歩15分
鞍手町石炭資料展示場には歴史民俗博物館も隣接しています。




 周作らの生活は、ちょうど、たて坑を掘っているようなものだった。
彼らは、働いても働いても、地の底に沈んで行くばかりだった。かせいでも、かせいでも、地上の光から遠ざかって行くだけだった。
 周作はそれを思うと、ときどき涙ぐんだ。が、地の底におりればおりるほど、彼は一層地上の光がなつかしかった。
あの明るい、広い、自由な光をどうにかして捕まえたいと、あくせく働いた。しかし、どんなに手をのばしても、
どんなに背のびをしてみても、とても手のとどく距離ではなかった。彼の周囲は右も左も、前もうしろも、ただつめたい
岩と土だけだった。のぼるにしては、あまりに高い絶壁だった。
―山本有三/作 小説『生きとし生けるもの』「周作」より―

   5月18日・19日に、三鷹市山本有三記念館(東京都三鷹市)春の朗読コンサートにて読ませていただきます。



by nagomi-no-kaze | 2018-05-09 00:55 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

 幕末から明治維新へと大きく変わる時代に、日本の産業の近代化が進みました。
具体的には、製鐵、製鋼、造船、石炭産業を中心としたもので、
そのことは、日本全国にある構成遺産群を「明治日本の産業革命遺産」として、
2015年7月にユネスコ世界文化遺産に登録されました。

 九州には、鹿児島・熊本・長崎・佐賀・福岡の各県にその登録遺産があります。
私が現住する福岡県北九州市には、製鐵・製鋼事業の遺産として八幡製鐵所とその関連施設が登録されています。同じ福岡県内の大牟田市はかつて国内最大の炭鉱の街といわれ、
その石炭産業における遺産として三池炭鉱と三池港が登録されています。
 ひとくくりに言うと簡単ですが、そのエリアとしては広大で、炭鉱の坑口施設、石炭を運搬した鉄道と輸出した港湾、それから、炭鉱で働く人々の生活のあとが、残されているのです。
また、国・県・市の登録有形文化財の建物も見学ができます。

 さて、この日私が行けたのは一か所でしたが、(2018.4.13)
こちらの大牟田市石炭産業科学館をご紹介します。

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 JR鹿児島本線と西鉄天神大牟田線が通っている大牟田駅。その駅前の観光センターで
借りたレンタサイクルが便利で、片道約15分ほど走りました。

 有明海を目の前に建つその外観は、まるで宇宙ステーションのような姿です。
 ここでは、三池炭鉱の現代までの歩み、炭鉱作業の技術の進歩、石炭の資源についてを
知ることができます。





【燃える石の発見!】
 日本で石炭が発見された記録は日本書紀に「天智天皇七年、越国献燃、土与燃水」と記されているそうです。そして、福岡県内で最古の石炭発見の記録はここ大牟田に。
1469年(室町時代)、三池郡稲荷村(現在の大牟田市)の農民、伝治衛門が、
黒い石に火が燃え移ったことからの発見が始まりのようです。(『横谷貞明記』より)




【石炭採掘の展示】
 私は、手で採掘していた時代について調べることがあり、抗夫がその時に使用した道具、
坑道のしくみ等の資料展示に見入っていました。写真は、そのごく一部です。

 先に見た直方市では、掘り出された石炭を背負いかごで運ぶ様子がありましたが、
こちらでは「担い棒」を背に、天秤で運ぶようになっていました。立って天秤が担げるくらい余裕がある場所、つまり坑内の運搬状況もかなり違っていたのだろうと想像します。

 

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上)担い棒  下)ツルハシ


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坑内は暗闇ですから、カンテラの灯をたよりにしていました。




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 石炭を掘り当てるために下へ下へ、地上から遠ざかっていきます。
       そして、地下から運搬する方法に工夫が施されていきました。








 館内には、当時の地下400メートル坑内の坑道を体験できるコーナーがありました。
その中では、ツルハシなどで人間が掘っていくのではなく、ドイツからの採炭用カッターなど、大きな機械が導入されて近代的な技術のもとで採掘されていた様子を紹介してくれます。



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【炭鉱で働くひとの声】
 炭鉱の仕事に携わった人たちのインタビューやドキュメンタリーの上映作品を観ました。
当時の仕事の大変さがよく分かる資料映像でした。これをみたら、生き残っている人がいる
ことは不思議なくらいだと感じました。
 身を犠牲にして働く姿、病に倒れてしまった人や今でも後遺症が残る人の姿は、見ていて
心が痛みました。しかも、働いたのは日本人だけではありませんでした。
人員を確保できなくなれば、戦争中の捕虜も含め、外国人が働かされたことも知りました。





 戦後、石炭によるエネルギーの供給は、日本の復興に大きな役割を果たしていきます。
多くの労働者が必要とされ、炭鉱に集まり、次第に大規模な機械化も進みました。
三池炭鉱での石炭の最大出量は1970年の657万トン、その頃の従業員数は3万人をゆうに超えていました。石炭産業は日本の原動力となっていました。
 ところが、時代の波を迎え、次第に低価格の輸入の石炭にとって替わることが進みました。
三池炭鉱は、1997年3月に閉山となりました。










  展示もわかりやすく、見る、聴く、体験もできる、大牟田市石炭産業科学館。
 
  ウェブサイトもあります。どうぞ、ご参考までに。


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大牟田市 石炭産業科学館

http://www.sekitan-omuta.jp/info/index.html


by nagomi-no-kaze | 2018-05-03 22:59 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

 九州には、炭鉱の歴史があります。
 5月に朗読させていただく、「周作」(山本有三/作 『生きとし生けるもの』より)では、
 主人公の周作が、九州のとある炭山で生まれるところから話が始まります。

 福岡県内にも、いくつか、炭鉱の歴史を知る手がかりになる場所があります。
 私が訪ねて行けた場所をご紹介しましょう。
 今回は、直方市(のおがたし)にある、石炭記念館です。3月31日に訪れました。
ちょうど桃の花が見事に咲いている頃でした。

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 漢字の読みが難しい地名が多いですね。「直方」は「のおがた」と読みます。
この直方駅は、JRと平成筑豊鉄道が通ってます。 
 駅前には、地元出身の元大関 魁皇関の銅像が立派ですね。
 さて、ここから10分程、歩いて行けます。


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 多賀神社の奥に、その記念館はありました。

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 筑豊炭田(ちくほうたんでん)は、明治初期から昭和51年まで、約100年の間、石炭を産出していました。その数は、約8億トンと言われています。

 この記念館では、炭鉱の歴史についての様々な資料が展示されています。
気さくな館長さんの案内で、当時の仕事の様子、歴史について話しを聴くことができます。

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  本館は明治43年8月に筑豊炭鉱組合の直方会議所として建てられた当時のもので、
 ここで、当時の石炭王たちが集って会議を行っていたのです。

  別館は平成の建物ですが、並ぶと、どことなくバランスが取れているような感じです。
 この中には、私がこれまで見てきた中でもひときわ大きな石炭の塊が展示されていました。
 「塊炭(かいたん)」 サイズは日本最大級です。
 館長さんと一緒に並んでみましたが、さすがにデカいです!

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 有三の作品で主人公の周作は、小学生の頃、体格がよく、優等生でしたが、
塊炭(かいたん)というあだ名で呼ばれていたという話が出てきます。
冷やかしの意味が含まれていましたが、文中には彼のことを「事実、塊炭のような少年であった。」という表現があります。彼の気質が石炭の塊に似ていたのかもしれません。
 

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 屋外には、2台の蒸気機関車。
 こちら(写真上)は、C11 131号 昭和16年から45年まで、石炭輸送に大活躍しました。
館長さんはこれに乗っていたという話を聴きました。整備も、もちろん行っていたそうです。
今では保存のため、きれいに塗装されています。近くで見るとかっこいいですね。

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 もう1台は、コッペル32号。ドイツから輸入した炭鉱専用の機関車だそうです。
昭和51年8月の閉山まで石炭輸送に活躍し走り続けました。

 

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  直方市 石炭記念館
  こちらのサイトに、詳しい情報が載せられています。ご参考までに。
  http://yumenity.jp/sekitan/


by nagomi-no-kaze | 2018-04-24 23:29 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

 日本でも中華街のある地域ではそれぞれに、中国の旧正月(春節)をお祝いするイヴェントの最中では
ないでしょうか。 新しい年を迎えられて、おめでとうございます!!
 今年は2月16日(金)から始まった、長崎のランタンフェスティバルを、夫と初めて訪れました。
私たちが長崎駅に到着した時には既に、駅前や街中の中国ランタンやオブジェが点灯していて綺麗でした。
(初日は雨降りの天候で、点灯式は、取り止めたと、あとから聞きました。)
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 中国ランタンで彩られた市街地。夜景、そして日中でも街を歩く人々の心を華やかにし、
異国情緒をより一層漂わせていました。このお祭り、長崎では20数回を越えるそうですが、年々知名度を増し、
冬の風物詩となっているようです。これを観に来た観光客は海外からの外国人もよく見かけましたが、
地元の人たちの楽しそうな様子も伺えます。

 開催期間中(2018.2.16~3.4)は、新地中華街など七つの会場が設けられ、イヴェントスケジュールが予定されています。
私たちは、中央公園での中国雑技、孔子廟での中国変面ショー、そして皇帝パレードを見ることができましたよ。

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                 (皇帝パレード 長~い列が街を練り歩きます。)
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 イヴェントスケジュールを見ながら会場を巡りますが、空き時間を利用して、できるだけ市街散策を!
出島、諏訪大社、興福寺ほか、唐人屋敷街ではロウソク祈願四堂巡りでお願いごとをしてきました。
どんどん歩きましたが、路面電車の乗車一日券(500円)のおかげもあり、それは有効でした。



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(出島 中央に表門メインゲートが昨秋オープンしていました。)


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(興福寺 大雄宝殿は国重要文化財です。)

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                  (孔子廟 これから変面ショウ―が始まるところ)




このフェスティバルでは、食文化も知る楽しみも満載です。会場内に屋台も立ち並び中華の美味しい匂いが鼻を誘います。
更に、長崎発祥の食べ物が色々あるので食べ歩いたり、お友だちからのおススメのお店でグルメを堪能・・・。

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                    慶応二年創業の𠮷宗(よっそう)さん 
                 *𠮷宗定食* 蒸し寿司と茶碗蒸しをお目当てに。

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                 慶華園さん*長崎ちゃんぽん* 海鮮の新鮮さが光ります。


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              お友だちの長崎の思い出の味 *梅月堂さんのシースクリームケーキ*
              やさしい味わい ほどよい甘さ 昔から変わらぬ味が地元の人にも人気のようです。
              明治27年に創業されたお店が現在の場所に本店を開いたのは昭和2年だそうです。
              店員さんによると、デコレーションクリームを最初に作ったのはこのお店だとか。


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                  ツル茶んさん *ミルクセーキ*
                  長崎発祥のトルコライスもこのお店は有名。そのデザートにいかがでしょう?
                  懐かしいアイスクリンの味。卵黄、牛乳、砂糖のみを使って今も手作り。
                  これは、ハーフサイズ。でも、すぐになくなっちゃった。美味しい!です。



 長崎港のように日本の玄関口だった時代にここに住んでいた人たちは、異国の様々な新しい文化が入って来て、
言葉も食べ物も風習に対面したとき、戸惑いはあったのか、それ程はなかったのか? 残されている資料を見ながら、
今思えば、それらを日本流に取り入れてしまう日本人もまたあっぱれと思います。
九州は本当に歴史の深い街があるところの一つですね。


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 これから行かれる方、そしていつかは行ってみたい方は、こちらをよろしければご参考までに。
長崎ランタンフェスティバルのサイト   https://www.at-nagasaki.jp/festival/lantern/

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by nagomi-no-kaze | 2018-02-21 16:36 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

風そよぐ、爽やかな季節となりました。 連休はいかがお過ごしでしたか?
わたしは九州で過ごしていました。
晴天に誘われて、色々と出かけてみましたよ。

5月3日は、熊本を訪れました。 写真は、加藤神社から見えた熊本城です。

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 修復には大変な時間がかかると言われていますが、それは確かに感じられました。
 少しずつ、少しずつ。 これからも、陰ながら、応援していきたいと思います。


さて、この熊本城へ行けるきっかけとなったのは、熊本県を歩くウォーキングプランに参加したことだったのですが、そのことを書いてみますね。
「駅長おすすめの JR九州 ウォーキング」この企画は面白いのです。
春から初夏にかけては、3月~6月の土日祝に計画された全85コースが予定されています。


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事前申込不要、参加費無料(基本)。
プランのスタートする駅まで自力で行って、ゴールの受付時間内に終了できればポイントがもらえます。
コースマップを受けとり、自分のペースで歩いて行きます。途中に、おすすめスポットや、
このマップを見せると様々な特典が受けられるのです。


ウォーキングプランにはそれぞれテーマがあり、地元のお祭りやイヴェントとタイアップして
その日程に企画されていることが多いですね。

自分のペースで歩き、寄り道しながら、写真を撮りながら、このような訳で、気軽に参加できるのが
うれしいし、楽しみです。早くスタートすれば、午前中に終了できるので、一日がとても充実します。

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( 電車の本数が少ない場所によっては、電車はウォーキング姿の人で混雑します。
 5月3日、南荒尾駅で下車、これから受付。さぁ、この人らに続け! )




 このようなプランに、乗降初めての駅を中心に、
夫と相談してこの3つのコースを選んで歩いてきました。


4月29日 二日市駅(福岡県) 約6KMのコース
    筑紫野市歴史博物館の見学と「武蔵寺(ぶぞうじ)」の藤鑑賞

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藤の花、シャクナゲも満開。 
二日市は温泉があり、途中で一汗流してからまた歩いて元気にゴールしました。




5月3日  南荒尾駅⇒長洲駅(熊本県) 約12KMのコース
    ラムサール条約湿地の荒尾干潟と火の国長洲金魚まつり

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  干潟を見ながら有明海沿いを歩いていると、あまりの静けさに驚きました。


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途中に、なたね油を作っている工場に寄らせてもらったり。

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金魚まつりは、大盛況でした。ここでは屋台で腹ごしらえして美味しかったなぁ。

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「五足の靴」の文学碑。
明治40年の夏、与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野万里
5人の作家の九州旅行記「五足の靴」があることを初めて知りました。
東京二六新聞に連載されたのだそうです。
熊本県内では、天草諸島、長洲、島原城下を訪れたことなどが記されていました。

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長洲大橋から島原を望む





5月7日 黒崎駅⇒二島駅(福岡県) 約6KMのコース
    黒崎工業地帯から洞海湾を眺めて二島駅から「DENCHA」に乗ろう!!

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JR 黒崎駅にて これから出発!

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洞海湾と工場地帯とその背景に皿倉山を望む。
道中は、この旗が目印になったり、スタッフの方が道の岐路に立っていて誘導してくれます。

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ゴールしたあとは、筑豊本線 二島駅から、架線式蓄電電車「DENCHA」に乗る。



 安全に、てくてく歩いて、楽しめます。 九州を旅行中の方でも、自由に参加できますよ。
わたしは、この後のコース予定は参加が難しいので、次は、秋に楽しみをとっておこうと思います。
今回の内容は読むのも長くて、お疲れ様でした。



by nagomi-no-kaze | 2017-05-07 18:35 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)


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太宰府天満宮へ 御参拝させていただきました。
「飛梅」は白梅が見事でした。

ここは、菅原道真公を祀られて「天神さま」と親しまれています。
学問・至誠・厄除けの神様として崇められているのです。


この朱塗りの御太鼓橋は風情があります。
この橋を渡る瞬間 わたしはいつも厳かな気持ちにさせられます。
渡り終えると、清々しい風が身にまといます。

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合格祈願が多いのでしょう。紅梅に見守られていますね。



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境内には、約200種 約6000本の梅の木があるそうです。
記念に植樹されたり、ご奉納されて植えられたものが多いようです。
散策しながら、かわいい蕾もたくさん見ましたよ。
山からの空気はピンと張り詰めていますが、春を感じられる気分になりますね。
梅の花の見頃は1月下旬から3月上旬とされています。
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境内に飾られたお守りと天神雛


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参道には、梅が枝餅の焼くいいにおい

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こちらのスタバは、何だか撮影スポットになっています。 確かに、興味をひくかも。


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さて、太宰府駅に戻ると、「旅人(たびと)」がホームで待っていました。

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車両の中には、縁結びの祈願もできるコーナーがあるんですよ。






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四季折々の自然を楽しめる太宰府  天神さまは いつでも迎えてくださいますよ。



by nagomi-no-kaze | 2017-02-13 22:43 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)


  年の瀬を迎えました。日ごとに気ぜわしくなりますね。
 わたしもおんなじです。でも、振り返ると、
 この一年、色々な場所へ出かけることが出来ました。
  先週訪れたのは、熊本県葦北群芦北町にある、星野富弘美術館。
 群馬県のみどり市立富弘美術館の姉妹館として、十年前に(2006年5月)、開館しました。

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 きっといつか行ける日が来ると、数年前から思っていて、
 ようやく、それが叶いました。本当に嬉しかったです。

  星野富弘さんは、多くの詩画集を出されていてご存知の方も多いと思います。
 ファンも多いですよね。

 
  しかしながら、こうなった背景には、星野さんの身に起こった突然の事故があります。
 体を動かす仕事に就きたいと中学校の教師になり、ある日、体操のクラブ活動の指導中に、
 頸髄(けいずい)を損傷。これにより、手足の自由を失ってしまったのです。
 長い期間の入院中に、星野さんが口に筆をくわえて文や絵を書き始めたことが、
 のちに数多くの様々な作品を生みだすこととなります。
  星野さんが植物を描いたのは、お見舞いにいただいたお花を描いてみようと思われたから
 ですが、誰に教わることもなく、その通りに描いてみようと挑戦してみたそうです。
 使う絵の具の色は、お母様が色を混ぜてそれを見せるのですが、
 星野さんの希望通りにいかないこともあり、イライラを募らせることも。

 しかし、あんなに素晴らしい絵を描かれるのですから、しかも普通に描くのではない、
 口に筆をくわえて描くのですから、どのようにして星野さんは描くこと書くことができるの
 だろう? 美術館で観た映像でそれを見たのですが、物凄いことなのです。
 そして、そのデッサン力と色彩の感性は、見る人を魅了させる力を持っています。
 生きる喜び、そこにあることを印象づける。 なかなかできることではありませんね。

  星野さんの作品に触れて、一言では表せませんが、色々な想いがあふれてきました。

 
  芦北町に星野富弘さんの美術館を!と、地元の人びとの想いが叶い、開館して十年。
  星野さんにとって、お母様の存在がとても大きかったことを語られていて、それを
  美術館内の映像で見させてもらいました。
  お母様への大きな感謝は、この詩にも詠まれています。
  (入館すると、すぐ正面に、星野富弘さんのこの詩画が迎えてくれます。撮影ができました。)


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  今年も、読んでくださった皆様に、心より感謝いたします。
 「いつも読んでいますよ。」と、声をいただくことがあって、本当にうれしいです。
 
 新しい年が、希望あふれる佳い年でありますように、心よりお祈りいたします。
2016.12.28
 


by nagomi-no-kaze | 2016-12-28 22:41 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

山口県 周南市。周南市美術博物館を訪れました。
http://s-bunka.jp/bihaku/

ここには、詩人・画家のまど・みちおさんの作品に会えると知り、やって来ました。


 最寄駅は、JR徳山駅。
山陽新幹線も停まる駅ですが、今回は、小倉駅からJR山陽本線に乗り、
下関、新山口、と電車を乗り継いで片道 約2時間半の旅。
 車窓からは田園風景と山並み、途中に少し海も見えてきました。

 徳山駅前は、石油コンビナートの工場地帯が海沿いに広がり、
新幹線ではこの風景を目の当たりにする感じですが、
在来線ホームはその奥になり、直接見ませんでした。
そしてホームの発車メロディは、「ぞうさん」!
これを聞けてうれしかったですね。さすが!まどさんの故郷だからですね。

 その徳山駅から徒歩で約20分ほど行きますと、周南市美術博物館に到着。
銀杏や桜の並木が多い街の印象で、
穏やかな青空のもと まだ銀杏の葉が黄金色に輝きを見せておりました。


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 落ち着いた雰囲気の建物で、2階の常設展示に、まど・みちおコーナーがあります。
まどさんが2014年2月28日に104歳でこの世を去って、同年11月16日にこの生誕の地に開設されました。
オープンセレモニーの様子がこちらに載っていますよ。
http://s-bihaku.jugem.jp/?eid=424


まどさんの詩や童謡は目に耳にお馴染みでしょう。
初めて世に出た童謡は「ぞうさん」。その他「一ねんせいになったら」「ふしぎなポケット」
「やぎさん ゆうびん」「ドロップスのうた」「びわ」など、口ずさんだことのある歌がありませんか?

そして、まどさんは、1949年から国民図書刊行会の編集者を務めていらしたそうです。
「チャイルドブック」「新児童文化」の編集担当としてカットも手がけられたそうです。
これは私も知りませんでした。 子どものしぐさ、目線をうまくとらえた挿絵に驚きました。


また、まどさん50歳のはじめの3年間は、集中して抽象画に取り組んでいらしたそうです。
まどさんは、詩はもちろん絵にも独自の視点と表現を追求していました。
「人の真似はいけない」と強い信念を持っていたからです。
この館には、まどさんの絵画290作品が所蔵されているのですって。
今回わたしが見た絵は11点。
水彩とクレヨンを使った色彩がとても綺麗です。中でも「空」(1962年)未完の作が好きになりました。

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来週11日に、まど・みちおさんのエッセイ
「どんな小さなものでも みつめていると 宇宙につながっている」を読みます。
いつの日にか この本をと、ずっと思っていました。

まどさんの言葉には飾りはありません。ただひたすらに、本物が光っています。


http://wafuu.exblog.jp/25001834/

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by nagomi-no-kaze | 2016-12-04 13:19 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(0)

 山本有三氏は、栃木県出身の小説家・劇作家です。
生誕の地 栃木市には、「山本有三ふるさと記念館」があります。
http://www.cc9.ne.jp/~yamamotoyuuzou/top.html

アクセスは、JR両毛線栃木駅・東武日光線栃木駅下車 徒歩約15分
東北自動車道栃木ICより約10分 とあります。


栃木駅を降りると、立派な石碑があります。
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わたしは、5月18日に、今年も電車で訪れまして、
駅からの道のりは「蔵の街」を楽しみながら散策できます。
ほんの少し、記念館とその周囲をご紹介しましょう。


<ふるさと記念館>
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晩年湯河原の邸宅で使用されていた書斎の机、カーペットも当時のもの。
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机の引き出しは、有三氏の希望で全て同じに揃えられています。
おそらく、原稿用紙が入る大きさと考えられます。

回転式 本棚は、有三氏のアイデアで作られたもの。
座っていても、くるくる回して本がすぐ手に取れる。(⌒∇⌒)
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年譜や資料展示は多く見ることができます。
中でも、これは、雑誌「銀河」についてのコーナーがありました。
表紙の絵も素敵ですね。
私が朗読しました「銀河のはじめに」は、創刊号に掲載された有三氏の随想です。
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<生誕の地>
ふるさと記念館のお隣ですが、ここにあったお家で、山本有三は誕生しました。
現在、理髪店。ネーミングが何ともチャーミングです。

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<近龍寺>
ふるさと記念館より奥へ歩いてすぐ分かります。山本有三の菩提寺です。
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<巴波川(うずまがわ)>
幕末から昭和初期頃にかけて、この川を流れる舟運がありました。
現在では、観光で渡る舟に乗れます。
鯉で有名な栃木です。鯉のぼりがかかる季節は蔵の街と相まってその風景がステキです。
(こちらは、2015年の撮影)
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<山本有三氏の言葉>
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   動くもの砕けるものの中に 動かないもの 砕けないものが 大きくからだに伝わってくる
                        右 「無事の人」より 友人土屋文明抄す

 これは、墓石にも刻まれています。この言葉がとてつもなく大きく深く心に響いて、
 わたしにとって、「無事の人」の作品とともに好きな言葉です。


                                  2016.06.14







 
by nagomi-no-kaze | 2016-06-14 17:55 | あなたも行ってみませんか? | Trackback | Comments(2)

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