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和みの風の~おはなし道しるべ~

ジョルジュ・ルオー展

 20世紀フランスの画家 ジョルジュ・ルオーの作品展を北九州市立美術館で見てきました。
その時のことをお話しましょう。

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 北九州市立美術館が所蔵するルオーの作品が多い事に、私は驚きました。
「受難」のタイトルで18点、「ミセレーレ」という銅版画集に納められた銅版画と、関連する絵は73点もありました。
それに加えて今回、汐留ミュージアム、ヴァチカン美術館、ポンピドューセンター、ルオー財団からの作品、
そして個人所蔵の作品らと共に紹介されている、素晴らしい展示でした。 

<写真は、ポスターより。写真撮影可>

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 私はこの展覧会の予告ポスターに、絵の美しさにも惹かれていましたが、
以前朗読した、茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」に、ルオーの名前があったことを思い出したのでした。

 それは、長い詩の中の一番最後の連に、このように記されています。

 
 ~ だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように  ね ~

   詩「わたしが一番きれいだったとき」 / 茨木のり子 より。

(ここでは、その箇所のみ記します。)
 


 

 茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」は、代表作の一篇です。
茨木さんは19歳で終戦を迎えますが、まさに戦中・戦後をくぐり抜けていた時を、
心の中の言葉を、あふれんばかりに表現しています。
 どうして画家ルオー氏をこの詩に記したのかなと気になってはいましたが、
ルオーのことを深く調べたことがなく、そのままになっていたのです。


 

 さて、ルオーの銅版画集「ミセレーレ」。
ルオーは、第一次・第二次大戦の間、人類の悲劇を銅版による作品に表しました。
たとえ戦争が終わっても、その後人々の貧困・苦痛は変わらないことを、ルオーは見つめ続け表現したのでした。
ラテン語の 「Miserere」 ミセレーレ、日本語訳で「慈悲を」。
ルオーは、画集に付ける名まえに、これより他の言葉は思い浮かばなかったそうです。

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 ルオーは確かに晩年美しい絵を数多く残しているけれど、それだけではない。
茨木さんは、この銅版画集のこれらの絵も、そしてその後に描かれた聖なるキリスト像、聖なる人物象の美しい絵にも、
魅せられたのではないでしょうか。
ルオーの「慈悲を」絵に託した想いに、茨木さんの心は慰められたのかもしれません。


 この詩には、画家は「ルオー」でなければならなかった。それが、私の中でやっと、腑に落ちました。
「ルオー爺さん」と親しみをこめて詠んだ気持ちにも、今は、うなずけるのです。
私の中で、茨木のり子さんとルオーがようやくつながりました。



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北九州市立美術館 
http://kmma.jp/honkan/

※「ジョルジュ・ルオー展 聖なる芸術とモデルニテ」 2019年2月17日(日)までの展示です。

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by nagomi-no-kaze | 2019-02-06 23:00 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)
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