Rio パラリンピックは明日開幕

e0173350_19304255.jpg


明日、九月八日から、パラリンピックが始まりますね。
各国から選手たちが集まり、
日本からは、17種目、132人の選手出場だそうです。
精一杯 頑張って欲しいですね!

聖火も届いた話や、開会式準備の話題が報道されていました。

あのサンバやボサノバなど、ブラジルの音楽、リズムに、
自然と体がのってしまうのは不思議だなぁ と思います。


写真は、8月15日にオリンピック聖火を見に行ったものです。
これまでの経験上、
オリンピックスタジアムの中にあるものと思い込んで、
予定して出かけたら、入館前にボランティアスタッフに聞いて、
なんと別の場所に、しかも街中に設置されていることがわかり、
慌てて探しに出かけました。現地で驚いたことの一つでしたが、
これで、聖火を観たいと思ったときに、そのために競技チケットを
買わなくて良いわけです。みんなが自由にみられます。

開催国それぞれの思いが、色々なところで発見できることも面白いのです。


さぁ、明日からまた 頑張れ 日本 !
[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-09-07 20:11 | 今日のできごと | Trackback | Comments(0)

ご親切にオブリガード! Rio2016

 今回の旅路は長い距離に加えて心配ごとが沢山ありました。
特に治安、ジカ熱については渡航前の注意事項も多く、周囲から心配されました。
ですから、大きな問題もなく無事に帰国できたことはホッとしました。


色々と考えて、今回、ブラジルの方々に大変親切にしていただいたことを書こうと思います。
オリンピックというお祭り最中ではありますが、出会った人に対して不愉快に思ったことがありませんでした。
それはブラジル人の気質で、普段通りに接してくれたのではないかしら?と思いました。
 閉会式で、ボランティアの方々に対して感謝を伝えたIOCのトーマス・バッハ会長の言葉に、
「あなたたちの笑顔がわたしたちの心を明るくしてくれた。」とありました。
これはその通りで、外国人にとっても本当に有難いことです。
 どこにおいても同じように、リオでもボランティアの方々はとても頼りになります。
道で、駅で、会場で、時には暗い夜道にも立っていてくれている。そのユニフォームを見ればまさに灯のような存在です。
皆さんが英語を話せるわけではありませんが、何とか身振り手振りで教えてくれたり、
困ったときは英語のわかる人を連れてきてくれます。


 私たちは、宿泊のホテルからバハ地区の会場までの道のりを幸い徒歩で行くことができましたが、
オリンピックパークの会場まで約30分。もう一か所、リオセントロの会場までは更に30分先にあり、
十分に歩かねばならない距離でした。
マラカナ地区の会場へは、BRT(路線)や地下鉄など公共交通機関を利用しました。

e0173350_17182318.jpg

 私たちは外に出て迷ったら納得するまで確認します。そこで、地元の方々に聞いてお世話になります。
二日目の朝の、バハ地区のリオセントロの会場へ卓球を観に行く時のことを振り返ります。

 前日に全ての行程を歩いていた私たちは、バスを利用してもう少し早くたどり着けないだろうかと思いました。
そこでツアーデスクの担当に相談すると、会場近くまでバスで行けるルートが、あるにはあるとのことでした。
バスを利用するためには、Rioカード(デポジット式)を手に入れる必要がありました。
さて、ここから、約10人の方にお世話になったのです。

駅の改札より手前で警備員のお兄さん :Rioカードは本来なら休日は販売休止であることと、今日は反対側の売り場なら売っていることを教えてくれる。
駅付近でおじさん:①で言われた通り歩道橋を渡るため一緒に渡って道案内をしてくれる。不安そうな私たちに、「片側だけで販売しているなんておかしいね。」と言って励ましてくれる。
駅の改札で、ボランティアの若い女性:チケット売り場で英語通訳をしてくれて、Rioカードを買い、使い方も教えてくれる。


バス停へ。既にそこにいたおじさんとおばさん:このバス停にはバスが止まらないと判断した二人は、我々にもそのことを伝え、次のバス停を勧め、「一緒について来なさいと言ってくれる。」⇒この後、別れる。
交差点で警察官:英語は通じないが何かを伝えようとしてくれる。あとから考えると、彼はこの時こう言っていたのだろう。「今日はバスは止まらない日だよ。」

同じ交差点で若いカップル:英語が分かる女性が「会場への行き方を一緒に考えてあげる。」と言い、私たちを違うバス停に連れていってくれる。
しかし、ここでもバスは来なかった。
カップルの二人はこの後別のところへ行かねばならなかった。
女性が近くで交通整理をしているおじさんに声をかけ、私たちの状況を話し、
おそらく、タクシーをつかまえてくれるように頼んでくれたのだろう。

バス停の目の前で、交通整理をするおじさん:誘導する車の運転手に、私たちのことを話し、同乗させられるか聞いてくれる。なんと、一般の乗用車を止めて、私たちを乗せることを頼んでくれたのだ!

同じ場所で、女性ドライバー:即答でOKし、私たちを乗せてリオセントロの会場へと連れて行ってくれる。英語がわかる女性で、仕事に行く途中だったのにナビを変更して快く運転してくれる。
会場付近でガードマンその1:運転手の女性が、会場内のパビリオンへの入り口を聞くと、うまく誘導してくれる。(パビリオンは複数ある。)

パビリオン付近でガードマンその2:急ぐと思ったのか、交通規制の為に置かれたパイロンをどかして、車を通してくれる。


これらの方々の親切に助けられ、私たちは目的のパビリオン3に一番近いところに到着し、観戦する試合時間に間に合ったのでした。

e0173350_17253537.jpg

皆さん、本当にどうもありがとう! オブリガーダ ♡



[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-08-29 17:29 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

ありがとう・オブリガード!Rio2016

ブラジルでの公用語はポルトガル語で、「Obrigado」オブリガードは「ありがとう」の意味です。
この言葉を交わす度に、私もいつしか緊張がほぐれて楽しく過ごすことができました。

e0173350_12195290.jpg

          (部屋からの眺め 朝6時過ぎたころ)

<ありがとうの連呼>
 日本語では元々「有り難し」という言葉から「ありがとう」への説が有力ですが、
一方では、ポルトガル語から日本語へ またはその逆で日本語からポルトガル語へ伝えたという説も
あるのだとか。真相はわかりませんが。
 さて、現地で驚いたことの一つに、ブラジルの方々と道ですれ違う時に、あれは日本人だと思うと彼らから迷いもなく発せられるのは「コンニチハ」よりも「アリガート」の言葉。
そして、こちらも「ありがとう」と返すと、それはもう嬉しそうに、表情がはしゃいでいます。
それは、言葉が通じた!反応があった!ときの気持ちで「ヤッター!」みたいな感じと言えばよいでしょうか。
 面白いものですね、「ありがとう」がこれほどまでに知られているなんて。本当にいい言葉です。
ですから私たちも「ありがとう オブリガード *(ダ)」を必ず返すことにしました。 *女性語ではObrigada

<写真>
会場ではお互いに写真を撮りあったりすることはよくある光景です。
e0173350_12385478.jpg

e0173350_12424799.jpge0173350_12431311.jpg
e0173350_1249423.jpg


ブラジル人との一番面白かったエピソードもこれでした。
まず、
①「一緒に写真を撮ろうよ!」と、どこからでも気さくに声をかけてくることです。
次に、
②誰でも構わずに目にとまった人に声をかけてカメラを渡し、「撮って!」と頼みます。
その動作が早いことに驚きますよ。私なんかは、「どの人に頼もうか?」と、信頼のおけそうな人とか、写真を撮るのが上手そうな人とか、一瞬でも何かこう考えるなと思うのですが。
ブラジル人は迷いません。そして、頼む人を疑いません。
それから、
③「「横」だけじゃなく「縦」もね!」と、撮影者に必ず念を押します。
そして、ポーズですが、
④一緒に映る私たちを囲んで、必ず腕を肩にまわして組みます。
これは以前にも思ったことがありましたが、今回で明確になりました。
何だか、これでもう友達ね、と言われたみたいな感じです。
e0173350_12505074.jpg
e0173350_12523821.jpg
e0173350_1312982.jpg
e0173350_1331551.jpg



そんなこんなで最初の二日間、紋付き袴と着物姿だった二人は、ブラジルの方々に歓迎されて随分モテました。できるだけ私のカメラでも撮ってもらおうとしたのですが、そうしていると段々間にあわなくなりました。
歩いていてすれ違うと、声をかけてくれて笑みを交わしたり短い会話をしたり、
一緒に写真撮影を次々に繰り返し、その数、120人は下らないと思います。


e0173350_134557.jpg

e0173350_1362534.jpg

e0173350_1374479.jpg


 一般のお客さんだけではありませんでした。オリンピックスタッフとしてボランティアで会場案内する方や、ガードマンの方、フードコーナーで働く方、バスの運転手、等様々に。
暑い中も風が強くても笑顔で、ほとんど立ち仕事なのでしょうが、そんな中でも寄って来て「写真一緒に撮ろうよ!」と声をかけてくれました。

頑張る皆さんにとって長い一日の、ほんのひととき、「今日は日本人と撮った!話した!」という思い出になれば、
それは嬉しいことだと思いました。

e0173350_1323271.jpg
e0173350_1343751.jpg

[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-08-29 13:37 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

初の南米でのオリンピック Rio2016

リオデジャネイロ。日本との時差は12時間。
地球の裏側で行われている競技をLIVEで観続けるのはなかなか大変ですが、
印象に残る試合の数々、熱戦が繰り広げられた17日間も終わり、閉幕しました。
日本は前回のロンドン五輪よりもメダル取得が
好成績となりましたが、全ての選手たちの活躍に拍手を送りたいですね。


e0173350_1644040.jpg
e0173350_16442210.jpg
ところで、4年に一度の夏のオリンピックに観戦に行くことは、我が家の大イベントです。
旦那さんは開催地アトランタ大会から、そして、次のシドニー大会から私も同行。
それからアテネ、北京、ロンドンと続き、今回はこれまでで一番遠いリオデジャネイロへ。
私たちにとっても初の南米大陸への渡航でした。


エミレーツ航空でドバイを経由し、2,3時間と乗継ぐ時間は短いものでした。
リオデジャネイロまでのフライト時間を合計だけでも24時間です。
飛行機を降りる頃には靴が履けず、両足ともにパンパンで、治らないかもと心配でした。
「4泊8日の旅」と聞けば、その遠さは分かっていただけるかなと思います。


リオの気候は、日中の陽ざしを除けば、秋の涼しさでした。夜はとても冷ややかです。
ですから、帰国後の九州は連日の猛暑が体に厳しく、日光に当たるのが今も辛いです。
そしてちょうどその頃、日本のメダルラッシュが続いてTVを観てしまいました。
体内の時差調整が完璧ではなく、疲れが残っているのか、本来の自分の体に
戻っていない感覚が今も続いています。


さて、私たちが観戦した試合です。
今回は、それぞれの会場が離れているため行き来が難しく、ひとつの地区で観られる競技をまとめました。
<>は出場した日本選手名。

8月12日 バハ地区
・柔道 女子78kg超級・男子100kg超級 予選・決勝
 <山部佳苗選手 銅メダル、原沢久喜選手 銀メダル>
・バドミントン 男子・女子シングルス&ダブルス予選、混合ダブルス予選

8月13日 バハ地区
・卓球 女子団体準々決勝 イタリアvsシンガポール、ドイツvs香港
(夜)日本vsオーストリア<石川佳純選手、伊藤美誠選手、福原愛選手>
・女子3m板飛込 準決勝

8月14日 マラカナ地区
・女子マラソン <福士加代子選手、伊藤舞選手、田中智美選手>
・女子バレーボール予選 イタリアvsプエルトリコ、アメリカvs中国
・陸上 男子走り高跳び予選、女子400m準決勝、女子三段跳び決勝、女子1500m準決勝、
    男子100m準決勝<山縣亮太選手、ケンブリッジ飛鳥選手>男子400m決勝、男子100m決勝

8月15日 バハ地区
・女子水球 準々決勝 ロシアvsスペイン の試合を途中まで。

e0173350_1653505.jpg

e0173350_16542090.jpg

e0173350_16545692.jpg


e0173350_16552563.jpg

e0173350_16555751.jpg

e0173350_16563917.jpg


e0173350_16573120.jpg


e0173350_1658231.jpg


e0173350_16582468.jpg


各国の応援も様々で、団結している国々もあって面白いですよ。
まず、中国は「赤」、オランダは「オレンジ」、ブラジルは「黄色と緑」、フランスは「トリコロール」等のお国柄が表れる服装でまとまって席にいるので目立ちます。
それにかけ声も揃っていて、その声は選手たちにとって大きな励みになると思います。
ブラジルは種目が何であれ、「オーレ!オレ、オレ、オレ♪~」(サッカーだけじゃないんだ。)
中国はご存知、「加油~!」ジャーヨー!⇒Fight!の意味。
アメリカもご存知、「U.S.A U.S.A!」 等々。

それに比べると、日本はそれぞれの場所でかけ声が「ニッポン!」だったり、選手名が飛び交ったり。もちろん悪くはありませんが、どちらかと言うと統一感はなくパラパラ、声が散ってしまう感じがします。
次の東京開催においては、日本の応援の仕方も変わるといいかなと期待します!

e0173350_170522.jpg



それでは、引き続き、リオ五輪に関する話題をお届けします!
[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-08-24 17:20 | マタサブロウ旅日記 | Trackback | Comments(0)

絵本「おとうさんのちず」との出会い

暑中お見舞い申し上げます!

夏は暑いとわかっていても、言っても仕方がないとわかっていても
「暑い!」しか出てこない。とにかく夏らしい空模様です。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

7月は、北九州市内で開催された「朗読会」や「おはなし会」などに出かけて
耳を傾けて楽しんでおりました。
そして図書館主催の「読み聞かせボランティア講座」に繰り上げ当選し、
一回が3時間の3回連続講座に参加しました。
すると、こんなに立派な修了証をいただきましたよ。いくつになっても嬉しいものです。
e0173350_13532286.jpg

東京でもこれまでに子どもたちに絵本を読み聞かせる機会はありましたが、
理論立てて勉強したことはほとんどありませんでした。
実践とともに充実した講義内容で、3時間があっという間。
集中しましたし、受講して良かったと思っています。



 絵本を読んで紹介することは、子どもたちが本に出会うための一つのきっかけと
なりますから、とても大切な時間です。
そのために、準備段階で考えることはいくつもあります。
選書や、複数読むときには紹介する順番を考えることも、大切ですね。

 今回、一人1冊選び、読む練習して披露する実践もありました。
わたしが選んだのは『おとうさんのちず』ユリ・シュルヴィッツ 作 、さくまゆみこ 訳
こちらのサイトに載っておりましたので、ご参考までに。
http://www.ehonnavi.net/ehon/28562/%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A1%E3%81%9A/

わたしはユリ・シュルヴィッツの作品は「よあけ」が好きですが、この本は初めて読みました。
作家 ユリ・シュルヴィッツは、ポーランド出身で子どもの頃に戦争で故郷を離れる体験しています。
自伝的とも思えるお話に感じます。
ある日、父親がパンを買いに行ったのに持ち帰ったのは世界地図だったことは、少年の心に光を灯したのです。
読んでいたわたしの心にも光を届けてくれた、素敵なお話でした。


絵本は今や子どもたちのみならず、大人にも必要なものとわたしは思います。
色々なジャンルの、沢山の絵本があります。昔から読み継がれている絵本も
やはり今の子どもたちに届けてあげたい。そして、今度は自ら、
乾いた喉を潤すように、いい絵本に出会う楽しみを見つけてほしいと思います。
[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-08-04 13:56 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

小倉祇園太鼓

小倉では7月16・17日が祇園祭でした。
例年梅雨の間に開催が予定されているため、「お祭りには雨がつきもの」と思われているようです。
今年は、16日の晩に降ったスコール以外は大丈夫でした。最近はドカーンと降りますからね。
雨を免れて良かったと思います。
そして、翌日迎えた梅雨明け宣言!本格的に夏がやって来ます!


京都の祇園祭は平安時代に無病息災を祈ることから起こりました。
「小倉祇園」は江戸時代から始まったそうです。
小倉城築城した細川忠興が祇園社を立て、京都の伝統的なお祭りを小倉の地に取り入れたのだそうです。

e0173350_9284675.jpg


町内ごとの山車がお囃子とともに小倉の街を練り歩きます。わたしは初めて見たので、楽しめましたよ。
e0173350_926070.jpg

e0173350_9264758.jpg

「無病息災」「天下泰平」「商売繁盛」・・・祈りをこめて太鼓を打ち鳴らします。
太鼓の両面を叩くというのは珍しいですね。
そして、小さな金色のシンバルのような「チャンガラ」が調子をとっています。
7月に入ってからこのリズムが町中に響いていましたから、相当練習しているでしょうね。
e0173350_9275030.jpg
e0173350_9281142.jpg


e0173350_9294372.jpg


e0173350_9295766.jpg

「小倉祇園太鼓」は、福岡県指定無形文化財に指定されています。
[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-07-20 09:37 | しあわせの和 | Trackback | Comments(0)

はじめての蕎麦打ち

暑くなりましたね。冷たい麺類をつるつるっと喉ごし良く食べたい!
そんな季節です。お素麺、冷や麦、お蕎麦、うどん パスタも? ・・色々ありますね。


ところで、昨年の「小倉焼うどん」のお話でもご紹介した通り、
福岡県は小麦の生産全国第二位!そして「うどん県」の一つであります。
わたしも北九州に来て、うどんが身近に感じられて食べる機会も多いのです。

小倉焼うどん研究所」の副所長「まきじろう」さんは、本業はなんと、お蕎麦屋さん。
門司港で数少ない手打ち蕎麦のお店を営む「そば処 仙」の店主。
その「まきじろう」さんが教えてくださる「蕎麦打ち」の会に、7月3日、夫婦で初参加しました。

e0173350_19482926.jpg
e0173350_19485613.jpg

e0173350_19542413.jpg

e0173350_1954487.jpg

なんて綺麗なお蕎麦・・・そして手早い!さすがプロ!!

使ったそば粉は熊本県産。
正直、「九州で蕎麦が?」と驚きました。 知らないことって沢山ありますね。

さて、実践!
木鉢でこねるところは、写真はないけれどわたしが担当しました。
小麦粉とそば粉をこねていくのですが、
粉がさらっとしていて、まるで子猫をなでているような何とも言えない風合い。
水を加えながら時間との勝負、結構力が必要になるんだなと実感しました。
最後は、先生にお願いしました。

次に旦那さんが、棒で生地を伸ばして形を作り、切る作業を担当しました。
この工程もなかなか難しい。生地をいかに均等に薄くして、同じ細さに切っていくか。
太さが違うと茹で加減も変わってきますからね。
e0173350_19501168.jpg

e0173350_19512214.jpg

e0173350_19521325.jpg



太さにバラつきがあるが、我々の、打ち立てのお蕎麦(三人前分)を
「まきじろう」先生が上手に茹でてくださって、が冷やしで、この日のお昼ごはんになりました。
今回の会場の小倉にある「Dreams」さんに朝から伺って、食べ終わるまですっかりお世話になってしまいました。そのうえに、揚げたての天ぷら♪と、マスター特製のカレーライス♪も戴きました。
(マスターは、マジシャンで、食後にトランプマジックをご披露!!!これがまた凄い)

「まきじろう」さん特製スイーツ(そば粉を使ったアイスクリームと蕎麦豆腐 ←くずもちみたい!)
e0173350_19524967.jpg

これはもう本当に贅沢な蕎麦打ち会!


ああ、お蕎麦をいつもはあっという間に食べてしまっていたけれど、
もっと味わって感謝していただこう!
東京で食べている時にはこれまであまり感じたことがなかったけれど、
お蕎麦の味も、わたしには甘みが感じられます。


そして、全部食べ切れないので自分たちで作ったお蕎麦二人前と
「まきじろう」さん自家製の麺つゆを持ち帰りました。
翌朝、朝ごはんになりました。
風味が消えないうちに、いただきませんとね!
e0173350_2001995.jpg

[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-07-11 20:20 | どんな味? | Trackback | Comments(0)

紫川にまつわる和歌とお話

小倉城に近い、「リバーウォーク北九州」は、
この地域を流れている紫川の川沿いにあります。
http://riverwalk.co.jp/information/about1/

 7月1日の朝、通る道すがら、たまたま入ったスタバはまさにOpenしたところでした。
わたしには珍しく、ちょっと一息のつもりで得た朝の貴重な時間です。
大きなガラス張りの明るい店舗で雰囲気も良く、
城の石垣のあるこのような景色を眺めながらコーヒーを飲める居心地の良さを感じていました。

e0173350_15294270.jpg


 すると、New Openだからなのでしょう。女性の店員さんが私に話しかけてきてくれました。
それはお店のデザイナーさんのアイデアのお話でした。
お客様が座った位置からそれぞれに、窓の外の景観を楽しめるように
配置や、床をわずかに傾斜して椅子に座る高さに工夫されていることを聞きました。
加えて、店内の大きな柱に描かれた植物の絵には菱の実とその花が描かれていることも。
その菱の実のことについて、店内のボードに店長さんのコメントがありました。
万葉集の和歌とともに書かれた内容に興味を持ちました。

その和歌とは、
豊国(とよくに)の、企救(きく)の池なる、菱(ひし)の末(うれ)を、摘(つ)むとや妹(いも)が、み袖(そで)濡(ぬ)れけむ


ネットで調べると、 和歌についての内容が見つかり、歌の意味はこのようなものでした。
「豊国(とよくに)の企救(きく)の池にある菱(ひし)の先を摘もうとして、あなたは袖を濡らしたのですね。」


 豊国(とよくに)は、現在の福岡県・東部と大分県を含む地域と考えられており、小倉も十分範囲内です。
歌枕として詠まれた「企救(きく)の池」は、今では存在しないそうですが、
小倉南区蒲生のお寺(大興善寺)の「紫池」のことを指すのではないかと言われているそうです。
この紫池は、リバーウォーク北九州の前を流れる「紫川」の名前の由来の一つではないかということも書かれていました。    「紫川」
e0173350_15322979.jpg


 昔、紫川は川の水が汚れていたとよく聞きますが、わたしはこの状態になった紫川しか知りません。
今では魚も住める環境になり、川の上を鳥たちも飛び交うのをよく見かけます。


<「むらさき川」のお話>
四月に、この紫川の川沿いにある小学校で高学年にお話した「むらさき川」。
これは川にまつわるお話でした。以前にも、この本はご紹介しましたね。
出典の『北九州のむかしばなし』((財)北九州市芸術文化振興財団 発行)によると、
「むかし、むらさき川は企救川(きくがわ)と言っていました。」と、お話が始まります。
e0173350_15331816.jpg


お話を少しご紹介しましょう。
 企救川のほとりにあった漁師の村が、ある日、玄海に住む海賊によって荒らされてしまう。
漁師の若者が、村の再興のため、川上の山に住む男をたずねる。
山の里で取れた食べ物を川上から流してもらうことを頼んでみようと思ったのだった。
 道中、若者は偶然に山の娘ムラサキと出会う。ムラサキは川上の山の男の妹だった。
若者の話を聞いたムラサキは、「兄に相談しても殺されるだけだ。」と言う。
そこで、ムラサキが兄に懸命に頼んでみたところ、最初は承諾しなかった兄もやがて一つの条件を出す。「ひと月以内に、鯛百匹を持参するように。」しかし、これは険しい山路を考えても無理難題であった。
 山の娘ムラサキは、漁師の若者を励まし、想いを込めてアイゾメの木の実を毎日川に流すことにした。この企救川が紫色に染まっている間は、ムラサキが若者の成功を祈って待っているのだ。
しかし、若者が志半ばで、運悪く荒波にのまれてしまったことも知らずに、ムラサキは木の実を流し続ける。このことを知った川沿い人々は、川を「紫川」と呼ぶようになったというお話。

e0173350_15362163.jpg

[PR]
# by nagomi-no-kaze | 2016-07-05 16:14 | 道しるべ(私が出会った作品) | Trackback | Comments(0)

和みの風だより


by nagomi-no-kaze
プロフィールを見る
画像一覧